第115章 紀州動乱
「千代、私達は今できることをしておきましょう。戦の勝敗は予測できないけど、こちらも備えだけはしっかりしておかないと」
「はい、姫様」
万が一、この城が戦になれば、正直なところ女の身でどこまでできるのかという思いはある。
守りの兵が全くいないわけではないが、常よりも手薄なことには変わりなく、何よりも相談相手ともなる武将達が全員不在であるということが何とも頼りない気持ちにさせるのだった。
(信長様が決められたことに間違いはない。此度はこれが最良の布陣なのだ。全勢力を戦場へ向けるということは、それほどに厳しい戦いになるということなのだろう。ああ、どうか信長様がお怪我などなさいませんように…)
大戦に向かう信長のことを思うと心配で胸が張り裂けそうになる。
それでも、城主の妻として自分が今できることをしなければならない。
じっとしていると不安な気持ちに押し潰されそうになるので、城の備えを確認したり、侍女達に細々とした指示をしたりして忙しなく動いている方が寧ろ適度に気が紛れてよかったのだ。
「そうだ、久しぶりに薙刀の稽古でもしようかしら!侍女達を集めて」
「それは良うございますが…あまり無茶はなさらないで下さいまし。それでなくとも姫様は何でもお一人で抱え過ぎてしまわれるのですから…」
「ふふ…大丈夫よ。身体を動かしている方が余計なことをあれこれ考えなくていいわ。気分転換にもなるしね」
結華が生まれるまでは、家臣の娘達を集めて薙刀の指南をしたり、家康に弓術を習ったりもしていたが、ここ最近は子供達のお世話や学問所の手伝いなどもあって思うように時間が取れず、武術の鍛錬も怠りがちだった。
公の場では武家の正室らしく淑やかに振る舞いもするが、元来身体を動かすことが好きな性分なのだ。
信長もまた『女子は女子らしく淑やかに』などというつまらぬことは言わぬ男であり、朱里に『武家の奥方』らしさを求めようとはしなかったので、恋仲から妻へと立場が変わっても変わらず自由でいられたのだ。
「姫様のそういうところは何年経ってもお変わりありませんね」
困った風に言いながらも、千代はどこか嬉しそうである。
「私は私らしく、よ。いつまでも変わらないわ」
どのような立場になろうとも、私は私らしく、思うままに生きればいい。信長様がそう言って下さったから…私は変わらずに生きて来られたのだ。
