第115章 紀州動乱
織田の領内だけでなく上杉、武田の領内でも異国製の火器を用いた一揆や謀反が多発しているとの知らせが春日山からも届いたことで、織田と上杉、武田は同盟関係に基づき共同で事態の収拾にあたることになった。
時を同じくして一連の騒乱の主謀者が、行方が分からなくなっていた毛利元就と雑賀党の頭領であった雑賀孫一であると判明した。
本願寺の元法主、顕如は紀州鷺森から直接動いてはいないが、各地で一向宗門徒達が密かに集結し始めているとの報告もある。
元就は異国から仕入れた大量の武器弾薬を日ノ本各地の反織田勢力へと流し、撹乱を得意とする雑賀党は各地の一揆勢力に加わっているという。
(元就さんと信長様は、生まれや身分で人の上下を決める世を忌み嫌っているところは同じなのに、どうしてこんなにも相容れないのだろう。信長様は人が人を支配する世を望まれてはいない。元就さんも同じだ。求める先は同じなのにそこへ進む道がこんなにも違うなんて…)
自ら争いを望む者などいない。誰もが穏やかに日々を過ごせることを願っているはずなのに、時に人々の感情はすれ違い、そこに武力が加わって血が流れる。
信長は日ノ本を平定後、武力ではなく対話による政を模索しているが、それでも小さな諍い事は絶えない。他国との領地争いや領主への不満など、きっかけは些細なことであっても、そこに悪しき思惑と強大な武力が加われば、たちまち今回のような大戦に発展してしまうのだ。
(怒りや憎しみに囚われて人々が武器を取れば再び多くの血が流れる。人は誰しも大切な人を失いたくはないはず。今からでも争いを回避する方法はないのだろうか…)
「朱里」
「っ、んんっ!」
鎖骨にいきなりカリっと歯を立てられて、物想いに耽っていた意識が浮上する。甘く鈍い痛みに身体の芯がズクリと疼き、愛しい人の腕の中で身を震わせた。
「…気もそぞろだな。何を考えている?」
「ん…何も…何も考えてなど…おりません」
(いけない。出陣を控えた信長様に余計な心配をおかけしては…)
戦への不安や複雑な思いはあれど、夫が後顧の憂いなく出陣できるようにするのが妻の務めなのだ。
信長様と共に生き、その痛みも苦しみも共に受け止めると決めた。
(この戦で貴方の心がまた冷たく凍ってしまわないように…戦場に一緒に行くことはできないけれど、私は貴方の心を守りたい)