第115章 紀州動乱
(各地で蜂起する一揆か…あの男が関わっていなければいいが)
かつての友だった男の顔を思い浮かべて信玄は憂いの混じった溜め息を吐く。
道は違えども互いに夢を語り合い、盃を交わし合った男とは乱世の動乱を経て連絡を取り合うことも途絶えていたが、配下の三ツ者の調べでは紀州の動静も何やら不穏なものがあるという。
多くの命が無惨に踏み躙られた乱世の再来は誰もが望むところではないはずだ。
誰が何のために武器をばら撒き、この騒乱を引き起こしているのか。
争いを望む何者かの勝手な思惑に無辜の民が巻き込まれることを許してはならない。
(信長の天下を必ずしも認めてるわけじゃないが、誰が天下を治めるかなんてことは重要じゃない。民が穏やかに暮らせる世が取り戻せるのならと俺は信長と手を組むことを決めた。それが正しい選択だったかどうか分かるのは今ではなく先の世なのかもしれないが、俺は自分の選択を間違いだとは思っちゃいない。だが、一度は和睦を受け入れたとはいえ、数えきれないほどの同胞の命を失ったあいつの怨みや憎しみの念は相当根深かっただろう。その気持ちは理解できなくもない)
怨みや憎しみの念に囚われて復讐の道に突き進んでも、失われたものは戻らない。復讐は怨みの念を積み重ね、更なる犠牲を増やすだけだ。再び多くの命が失われるような地獄を繰り返してはならない。それが分からぬ男ではないと思っていたが、幾重にも積み重なった怨みの深さは人の心を惑わせ、鬼へと変えるということか……
「あいつとはできれば争いたくないんだがなぁ…」