第115章 紀州動乱
「っ!?はっ…はぁ…はっ…」
気が付けば、寝台の上に勢いよく身を起こしていた。
息が荒々しく乱れ、心の臓が激しく脈打っている。額の上にはじっとりと汗が滲んでいて前髪が嫌な感じに張り付いていた。
汗を掻くほどに暑かったはずなのに、何故か背中をヒヤリとした寒気が這い上がっていくような気もした。
「うっ…く…はぁ…」
乱れた息を整えようと深呼吸を繰り返して、混乱する頭を必死に動かしながら周囲をゆっくりと見渡した。
しんっと静まり返った室内には忙しない息遣いの音だけが響いていた。
(夢…だったの…?なんて生々しい…)
室内は行燈の灯りも消え暗闇に覆われていたが、雷鳴などは聞こえなかった。今宵は新月で、稲妻どころか月の光さえも射し込むことなく、ただ漆黒の闇がどこまでも広がっているばかりであった。
「どうしてあんな夢を…」
常日頃から割と夢は見る方だとは思うのだが、見てもすぐに忘れてしまうような他愛ない夢ばかりで今宵のような恐ろしい悪夢に魘されるなどといった夜は珍しく、これ程に目覚めの悪い思いをしたことはなかった。
夢だったというのに首筋に残る生々しい感触が忘れられず、無意識にそっと手で喉元を押さえて確認してしまう。
(怖い…)
夢の中で感じた恐怖心が未だ消えず、暗闇の中から再び何者かの手が迫って来るような錯覚に囚われてぎゅっと身を縮こまらせた。
「っ…信長様っ…」
消えることなく襲って来る恐怖と心細さに堪えられず、思わず愛しい人の名を呼んだ。
けれど……
どこまでも広がる闇の中で、縋るように呼びかけた私に応えるものはなかった。
愛しい人は今宵この場に、私の隣にはいてくれない。
独り寝の寝台は広過ぎて、指先でそっと触れた敷布の冷たさに、常ならば傍で抱き締めて安心させてくれる愛しい人の温もりが存在しないことを否が応でも感じてしまうのだった。
いつまで経っても慣れるということのない独り寝の寂しさゆえに、恐ろしい夢を見ることになったのだろうか。
それとも……
あの恐ろしい夢は、これから起きる何かの予兆だったのか…
言い様のない不安に心がぎゅっと押し潰されそうになる。
(こんな時、信長様がいてくださったら…)