第114章 夏のひととき
「吉法師、あっという間に寝てしまいましたね」
「遊び過ぎて疲れていたのだろう。明日は早くに起こしてやらねばな」
吉法師を寝かせた後、信長と二人で見守っていたセミは今ではもう羽の色もすっかり茶色くなって本来のセミの形となり、抜け出た自身の抜け殻の傍でゆったりと休んでいた。
「もうすっかり体も出来上がったように見えますけど、飛ばないのですね」
「セミは夜行性ではないからな。夜は休んで昼間に動くのだろう」
「そう言われてみれば、夜は鳴き声も聞こえないですね」
こうして羽化の瞬間を見なければ、こんな風にセミに興味を持つこともなかっただろうと思うと、何だか不思議な気持ちになる。
「信長様、今日はありがとうございました。珍しいものが見られて吉法師も嬉しそうでしたし、私自身も童心に帰ったようで…楽しい時間でした」
「ふっ…大袈裟な。まぁ、俺も久しぶりに幼き頃のことを思い出したわ」
(幼くして一城の主となられた信長様は子供らしい遊びなどした記憶がないと仰っていたけど…子供の頃のお話もまた聞いてみたいな)
「……朱里」
「えっ…あっ…」
物想いに耽っていると、徐ろに腕を引かれて引き寄せられた。
「んっ…信長様?」
「セミは夜は鳴かぬが、貴様はどうだ?」
「えっ…んっ、ふっ…あんっ…」
ちゅっ、と音を立てて耳の裏側に唇が吸い付く。不意打ちの刺激にビクッと身体が跳ねると、続けざまに熱い舌でねっとりと耳朶を嬲られた。
「やっ、あぁ…んっ…」
「善い声だな。唆られる。もっと啼け」
「んっ、ま、待ってください…っ、あっ…」
つっ…と首筋に舌が這わされて、身体を抱く腕にぐっと力が込められる。
「夜が明けるまで時間はたっぷりある。貴様は朝まで寝かせん。思うままに啼くがよい」
「あっ、んんっ…そんな…」
今宵はこのまま休むだけだろうと思っていたので、信長の甘やかな誘いに戸惑ってしまう。それでも身体は正直に反応し、強く抱き締められただけで身の奥がじんわりと熱を上げていった。
その夜は静かな天主に快楽に溺れる甘美な声が絶えることはなく、信長様の宣言どおり、私は東の空が白むまで声が枯れるほどに啼かされたのだった。