第114章 夏のひととき
「信長様は随分とセミのことにお詳しいのですね」
動きが止まったセミの子の様子を気にかけつつ、朱里は信長に話しかける。
「ん?ああ、子供の頃から野山を駆け巡っておったからな。夏になるとセミだけでなくカエルにヘビにと色々捕まえたな。城に持ち帰って解き放っては爺によう叱られたわ」
「そ、それはまた…」
城内を這い回る無数のヘビを思わず想像してしまい、ぞわりと背中が震えた。
(セミとカエルは大丈夫だけど、ヘビはさすがに無理!)
野性的な信長の子供時代に絶句していると、信長もまた意外そうな顔をする。
「貴様の方こそ、虫は平気なのか?女子は皆、虫が苦手なものだと思っていたが、貴様はセミも怖がらぬな。公家の姫などは小さな虫が出ただけで大騒ぎだというのに」
「セミやカエルは身近にいて見慣れてますから大丈夫です。信長様には敵いませんが、私も子供の頃は男子に混ざって外遊びに興じていた方ですから虫は案外平気です。でも、さすがにヘビは無理ですよ。吉法師がヘビを捕まえてきたらと思うと……」
もう少し大きくなった吉法師が生きたヘビを振り回して笑っている図が頭に浮かび、戦慄が走った。
(泣くかもしれない…いや、絶対泣く)
「ヘビは食えるぞ?食えば精が付くとも言われておる。試してみるか?」
「や、やめて下さい!吉法師の前で変なこと言わないで!」
蜷局(とぐろ)を巻いたヘビが鎌首を擡げている姿が頭に浮かんで何か色々と邪な想像をしてしまい、慌てて信長様に抗議した。
セミの子を観察しながら何故、ヘビの話になったのか…ああ、ヘビはセミも食べるんだっけ…あ、カエルもか…ということはヘビが一番強いってことになるな。えっ、それじゃあそのヘビを食べてしまう信長様は一番上ってこと?などと自然界の序列について訳の分からない堂々巡りに陥ってしまったその時……
「あっ!」
ただ一人、セミの子から一瞬たりとも目を離すまいと食い入るように見つめていた吉法師が驚いたように声を上げた。
「どうしたの、吉法師?」
「はは!セミさんのせなか、ぴりぴり、なってる!」
「え? ぴりぴりって…ん?わっ…」