第110章 魔王の霍乱
「この辺りは近江と美濃の国境で伊吹山という。そう高い山ではなく、山頂までもう少しだ」
「伊吹山…ですか?近江と美濃の国境ってことは…えっ…じゃあ、やっぱりこのままこの山を越えて美濃まで??」
「いや、美濃には行かん。用があるのはこの山だ」
「山…?」
(山登りが目的ってこと?益々訳が分からない…)
「そう怪訝そうな顔をするな。もう間もなく山頂だ。着いたら分かる」
詳しいことはまだ教えてくれるつもりはないらしく、信長は口元に意味ありげな笑みを浮かべながら言う。新しい悪戯を思いついた子供のようなその笑みに、朱里は困惑しながらもそれ以上深くは聞けなかった。
(この山の山頂に見せたいものがあるということ?ここまで登って来て特に変わったことは何もなかったけど…この山に一体何が…?)
疑問は解消されず、かえって謎は深まるばかりだったが、信長からはそれ以上の説明はなく、そのまま馬は山道を登って行く。
その後も進む先は木々が生い茂る薄暗い道が続いているばかりであったが、何気なく周囲を見回していた私はふいに微かな違和感を感じた。
(ん?手付かずの荒れた山道だとばかり思ってたけど、よく見たらこれ、人の手が入っているような感じがする。以前にも人が通ったことがあるような…?)
狭い山道だが、下草が刈られ、人が行き来した痕跡が見られる。この山は美濃との国境にあるそうだから、美濃への往来に通る者がいるのかもしれないが、踏み固められた道の感じがいまだ真新しく思われたのだ。
信長にして見てもこの山には慣れているのか馬を歩ませる足取りには迷いがなかった。まるで何度も訪れたことがあるような気安さにも思えた。
「……着いたぞ、朱里。山頂だ」
「……えっ?あっ…えっ…うわぁ……」
またもや考え事をしていて無意識に俯いていた私は声を掛けられて慌てて顔を上げる。そこで目の前に広がる信じられない光景に思わず息を呑んだのだった。