第110章 魔王の霍乱
思いがけない信長様の外出宣言に驚いて目を白黒させているうちに、出掛ける支度はあっという間に整えられていて…慌ただしく朝餉を終えた私は今、安土へと向かう馬上にあった。
(急に安土へ行くなんて、一体どうされたんだろう?)
大坂へ城移りした後、安土城を擁する近江国を信長は秀吉と光秀に任せていた。具体的には、近つ淡海(琵琶湖)を挟み、秀吉には長浜の地に、光秀には比叡山の麓、坂本の地に城を築かせており、自身が大坂へ移った後の安土城の守りを命じていた。
信長は戦国の世の大名には珍しく居城を一か所に定めず、領地を広げるたびに城移りを行っていた。
政の拠点を大坂へ移してからも信長が時折、安土へ赴くことはあったが、朱里を伴っての訪問は久方ぶりのことだった。
(急に思い立った…って訳でもなさそうだし、何か大事な用でもあるのかしら?私も一緒に連れていって下さるなんて嬉しいけど何故だろう?聞いてもいいのかな?)
「信長様、あの…」
「……天気が良くてよかったな」
「えっ…あっ…そ、そうですね」
(信長様が天気を話題にするなんて、やっぱり何かおかしい。もしかして私に何か隠していることが…?)
信長のいつもとは違う様子が気になって、その表情を窺おうと馬上で身を捩りかけた朱里を信長は手綱を握ったまま腕の中でぎゅっと抱き締めた。
「っ…ん……」
「じっとしていろ。間もなく峠に差し掛かる。道が悪いゆえ揺れるぞ」
「は、はい…ごめんなさい」
背に重なる厚い胸板の逞しさに、トクンッと胸の鼓動が跳ねる。
久しぶりに信長を近くに感じて、馬上だというのに気持ちが忙しなく揺れ動いてしまう。
流行り病が終息してからも信長の政務は日々忙しく、互いに顔を合わせられない日も多かった。こうして二人きりで遠出をするなど本当に久しぶりのことだったのだ。
触れ合ったところから感じる信長の少し高めの体温に身体の奥が甘く疼き始める。信長の男らしさをひと度意識し始めると、身体中の感度が上がってしまったように、どこもかしこも熱くなってくる。
(っ…ダメっ…こんなところで…)
「……朱里」
「っんんっ!っ…はぅ…」