第110章 魔王の霍乱
翌日からも朱里は家康のもとで薬作りに励んでいた。
「朱里、疲れてない?」
「ん、平気だよ。あっ、でも少し休もうかな。家康も…よかったら一緒にお茶にしない?」
薬研を引く手を止めると、凝り固まった身体を解すように、ぐぐっと伸びをする。
信長に言われたとおり、朱里はなるべく休憩を挟んで無理をしないように気を付けながら薬作りを続けていたのだった。
(信長様に心配かけないように…はりきり過ぎて疲れてしまわないように気を付けないと)
信長に諭されたことで、民達のために自分ができることをしたいという思いが強すぎて少し気負い過ぎていたかもしれないと気付かされたのだ。
病に苦しむ人々に一刻も早く薬を届けたいと焦る気持ちに追い立てられて知らず知らずのうちに無理をしてしまっていたが、信長がかけてくれた労りの言葉によって少し冷静になれたような気がした。
その信長もまた連日、自ら村々を回り、病の蔓延を抑えるべく対応にあたっている。
病の原因を特定するには至っていないが、感染した者の隔離や消毒を徹底することによって病の拡がりは最小限に抑えられていると聞いていた。
信長の的確な判断と迅速な対応によって病で亡くなる者の数は減りつつあり、症状が重い者が優先ではあるが薬も行き渡りつつあるようだった。
「必要な人全てに届けられるといいんだけど…この状況じゃ、やっぱりそれは無理かな、家康?」
「どうしたって薬草が足りてないからね。自生しているものを採集する以上、どうしても季節や天候には左右される。足りないなら異国の薬を買い入れるっていう手もあるけど、それだとかなり高価なものになる。織田家の財力ならそれぐらい何の問題もないのかもしれないけど、異国からの買い入れに頼り過ぎるのは不安がある。病はいつ流行り出すか予測ができないものだから、異国から買い入れるにしても急な流行には間に合わないかもしれないからね。今回みたいに次々に患者が増えてしまってから異国から買い入れる手配をしたのでは完全に後手に回ってしまう。まぁ、色々と難しいところだね」
ほぅっ、と悩ましく溜め息を吐いて家康は朱里の淹れてくれた茶を一口飲む。爽やかな香りと深みのある茶の味が口中に広がっていった。疲れている自覚はなかったが、熱い茶が喉を通り過ぎ胃の腑に沁み渡る感覚に、凝り固まった身体の力が抜けていくような気がした。