第110章 魔王の霍乱
「んっ…」
塗り薬の冷んやりとした冷たさと信長の指の熱さが両方感じられて何とも言えない心地良さに身体が震える。
ただ薬を塗っているだけなのに、その指先の動きはひどく艶めかしくて目が離せなかった。
(気持ちいい…信長様に触れられていると思うだけで痛みも忘れてしまいそう。このままずっと、こうしていたいな)
「っ…ふっ…」
愛する人の指先が肌を這う心地良さに、思わずあられもない声が漏れてしまいそうで、キュッと唇を噛んで堪える。
「……痛いか?」
「んっ…あっ…大丈夫っ…です」
(気持ち良くて声が出ちゃいそう…なんて、恥ずかしくて言えない)
「……無理はしておらんか?」
痛みを我慢しているように見えたのだろうか、信長は心配そうに朱里の顔を覗き込む。それが逆に何とも後ろめたくて信長の顔を直視できなかった。
「大丈夫…です」
信長の指の感触に意識が囚われてしまい、消え入りそうな小さな声で答えるのが精一杯だったが、そんな朱里の様子を信長は労わる。
「明日は無理せず休め」
「い、いえ…最後までやらせて下さい。薬が足りていないと聞きました。薬があれば助けられる命があるのなら病に苦しむ民達のために私は自分ができることをしたい。薬学の知識はまだまだ家康には及ばないですけど、精一杯やります。だから…やらせて下さい、信長様」
「朱里…」
「全ての人を助けられるとは思っていません。薬草も十分にあるわけではなく、今作れる薬にも限りがあります。それでも、やらずに後悔したくはないのです」
「っ……」
真剣な表情で必死になって訴える朱里を前にして、信長は珍しく言葉に詰まる。
一刻も早く薬は必要だ。一人でも多くの民百姓の命を救いたい。
その思いは信長もまた同じだった。やれることをやらずに後悔したくはないという朱里の気持ちも理解できた。それでも朱里には無理をさせたくなかったのだ。
(だが、こやつは一度決めたことは曲げぬ、芯の強い女子だ。そして俺はこやつのそういうところが気に入っているのだった)
「頑固者め。疲れを少しでも感じたら、その都度必ず休め。いいな?」
「はい!ありがとうございます、信長様。あっ……」
嬉しそうな声を上げる朱里を信長は徐ろに抱き上げる。
驚いた顔の朱里の額に触れるだけの口付けを落としてから、信長は迷いのない足取りで天主へと向かうのだった。