第110章 魔王の霍乱
「朱里、こんなところで何してる?御館様の具合はどうなんだ?」
「秀吉さん?…と三成くん?」
廊下の角から姿を現したのは、両手に書簡を抱えた秀吉さんと三成くんだった。
「朱里様、何かあったのですか?天主におられるものとばかり思っておりましたが…」
秀吉さんも三成くんも私を見て心配そうに表情を曇らせる。
秀吉さんには朝一番に信長様の体調不良を報告しており、今日の政務は秀吉さんと三成くんとで信長様の代わりを務めてもらうことになっていた。
「あ、今から天主に戻るところだったんだけど…」
「はは!はやくあそんで!」
「あぁっ…もぅ、吉法師ぃ〜」
ぎゅうぅ…としがみつかれて思わず情けない声が出てしまった。
「おっ、吉法師様。今日も元気いっぱいですな。どれ、秀吉めがお相手致しましょう。さてさて、どんな遊びがよろしいですか?」
秀吉さんは困り顔の私を見て瞬時に状況を察してくれたのか、幼な子の目線の位置までさっと腰を落とすと、笑顔で吉法師に話しかけてくれた。
「んーっとねぇ…きち、おうまさんがいい!ひでよし、おうまさんして!」
いつも何かと自分を構ってくれる秀吉のことが大好きな吉法師は、秀吉が遊んでくれると聞いてパッと顔を輝かせ、迷うことなく秀吉の方へと向き直った。
「承知致しました、吉法師様。それではお部屋へ参りましょうか」
ニッコリと笑いながら両手を広げた秀吉を見て、吉法師はぱぁっと顔を輝かせる。その笑顔のまま、掴んでいた母の着物の裾をあっさりと離すと秀吉の大きな腕の中へと飛び込んでいくのだった。
「ひでよしっ、だいすき!」
「恐悦至極に存じます、吉法師様」
「秀吉さん、あの…いいの?お仕事忙しいでしょ?吉法師と遊んでる時間なんて…」
「大丈夫ですよ、朱里様。秀吉様の代わりは私が務めますのでご安心下さいね」
秀吉の代わりに書簡を抱えた三成はニッコリと仏様のように微笑みながら言う。
「俺のことは心配しなくていい。朱里、お前は早く天主へ戻れ。御館様のこと、くれぐれも…くれぐれもよろしく頼むぞ。あぁ、御館様が熱を出されるなんて…心配だ。できることなら俺も今すぐにでもお傍に侍りたいが…」
「ひでよしっ、めっ!」
吉法師の小さな手が秀吉の額をペチリと打つ。
無邪気な幼な子は偉大なる父が寝込んでいることなど露知らず、遊びたい盛りなのであった。
