第110章 魔王の霍乱
「信長様が熱出してるって?へぇ、珍しいね、あの人が寝込むなんて…」
信長様がぐっすりと眠ったのを確認した後、私は城内の家康の部屋へ行き、熱冷ましの薬を調合してもらうようにお願いをしたのだった。
薬草をすり潰していた家康は、私の話を聞いて驚いたようにその手を止める。
「朝、目が覚めたら酷くうなされていらしたの。熱も高いみたいだし、風邪なのかな?私、心配で…」
「ふ〜ん、あの人、風邪なんて引くようには見えないけど」
「疲れが出たのかな…ずっとお忙しかったから。京から戻られた後は特に…朝早くから夜も遅くまでお仕事なさってたし」
「あの人が忙しいのは今に始まったことじゃないけどね。まぁ、薬ができたら俺も様子見に行くから」
「ありがとう、家康」
薬が調合できたら持って行くと言ってくれた家康に礼を言ってその場を後にすると、その足で厨へと向かう。
(目が覚めたら何か召し上がられた方がいいよね。病の時はやっぱりお粥かな…あとは果物とか?何かあればいいんだけど…)
ちょうど朝餉も済んだ頃合いで厨も忙しくないだろうと思い、覗いてみると……
「おっ、朱里。今頃どうした?今朝はお前も信長様も朝餉の席に来てなかったが…ちゃんと食ったのか?」
「政宗っ!」
厨の中を覗くとそこには政宗がいて、相変わらずの鮮やかな手捌きでまな板の上の野菜を切っているところであった。竈の上の鍋からはクツクツと何かが煮えている音が聞こえていた。
「信長様が熱?あの信長様がなぁ…珍しいこともあるもんだ。じゃあ、二人とも朝餉もまだか?」
「う、うん…だから、目覚められたら何か召し上がって頂こうと思って」
信長様に熱があると話をすると、政宗は意外そうな顔をしながらもその表情に心配の色を滲ませた。
「そうか…なら、玉子粥でも作るか。咳が酷いなら喉も腫れてるだろうから喉越しがいい食いもんがいいだろうな。葛湯なんかはどうだ?身体も暖まるし」
言いながら、政宗は早速に食材を選びにかかる。
「え、あの、政宗?もしかして政宗が作ってくれるの?」
「おう、できたら持って行ってやるからお前は先に信長様のところに戻ってろ。病の時は誰しも何となく気が弱るもんだ。あの信長様だって多少は…な?目が覚めた時にお前はお傍にいた方がいい」
「政宗…」
政宗の優しい気遣いに胸の奥がじんわりと温かくなる。
