第110章 魔王の霍乱
額に冷やした手拭いを乗せると、その冷たさが心地良かったのか、信長はゆったりと息を吐いた。
日頃は具合が悪くても態度や表情に出さない信長がこんなにも無防備な姿を見せるのが意外であったが、それ程に辛いのかと思うと心配でならなかった。
「そんな顔をするな。熱などすぐに下がる。貴様が案ずることはない」
信長は苦しそうに荒く息を吐きながらも、手を伸ばして朱里の頬をするりと撫でる。
「っ…信長様っ…」
宥めるように柔らかな手つきで触れられて、信長の優しさに胸がきゅっと締め付けられる思いがした。
頬を撫でる信長の手を両手で包み込み、胸元へと引き寄せて小さく口付けを落とす。
「っ…朱里?」
「あの…お休みになるまでお傍にいてもいいですか?」
本当なら早く家康に薬を頼みに行きたかったし、秀吉さんにも早く報告に行かねばならなかった。更には朝起きてから侍女に預けたままになっている吉法師の様子も気掛かりだった。
それでも今この瞬間、信長の傍を離れたくないと思ってしまったのだ。
「ああ、構わん」
ふっ…と小さく笑うと信長は朱里に手を委ねたまま目を閉じた。
包み込んだ手をゆっくりと摩っていると、やがて小さな寝息が聞こえてきた。
体調が良くないせいだろうか、普段は寝付きの悪い信長がすぐに眠ってしまったことに安堵と戸惑いを感じて、朱里は眠る信長の様子をそっと見守った。
戦に政務にと毎日忙しくまともに休む暇などない信長だが、武将として鍛えられた強靭な身体でこれまで体調を崩すことなど滅多になかった。
風邪か過労か、どちらにしても今はゆっくり身体を休めてもらいたいと思う。
(信長様、ゆっくりお休み下さい。すぐに熱が下がるといいのだけど…)