第110章 魔王の霍乱
(それって…く、口移しで飲ませろってこと?そんな恥ずかしい…でも…辛そうな信長様のお姿は見ていられないし…)
「…朱里」
掠れた声で名を呼ばれて、キュンっと胸の奥が甘く切なく締め付けられる。珍しく頼りなげな姿を見せる信長のことを不謹慎にも可愛いと思ってしまったのだった。
羞恥心を完全に拭い去れぬまま、躊躇いがちに水差しの水を一口、口に含む。
煩く騒ぐ鼓動が聞こえてしまわないかと不安になりながら信長の方へと顔を寄せ、そっと唇を重ね合わせた。
(んっ…信長様の唇、熱いっ…)
熱っぽい唇の感触に目を瞠る。熱が高いとは思っていたが、傍近くに寄ってみて改めて信長の具合の悪さを目の当たりにし、愕然となる。唇を重ねたまま熱で潤んだ眸に真っ直ぐに見つめられると、堪らなく庇護欲を擽られてしまい、両の手で頬を柔らかく包み込んでそおっと水を分け入れた。
「ふ、んっ…ん…」
唇を薄く開いて少しずつ水を移すと、信長の舌が水を迎え入れるように伸ばされる。信長はこくりと喉を鳴らして水を飲みながら、舌先で朱里の上顎をねっとりと撫でた。
「やっ…あ、ふっ…」
舌の先までも熱く、触れ合ったところから熱が広がり、じわりと溶けていくような心地になる。一口分の水は溢れることもなく信長の口内へと移っていったが、重なり合った唇が離されることはない。
「んっ…信長様っ?やっ、ダメっ…んっ…」
信長が朱里の腰を引き寄せて口付けを深めると、くちゅくちゅと湿った水音が響く。濃密な口付けに蕩けさせられて我を忘れてしまいそうになるが……
「っ……うっ、ゴホッ…」
信長が急な咳込みに襲われて、口付けは呆気なく中断した。
「だ、大丈夫ですか?早くお水を…」
現実に引き戻されて慌てて水差しを差し出しながらも、口付け一つで信長の熱が移ったかのように身体は熱くなっていた。
(私ったら、信長様が大変な時にこんな…)
口付け一つで容易く快楽に溺れてしまいそうになった自分が恥ずかしくて、誤魔化すように咳込む信長の背を摩った。
「う、くっ……」
「さ、横になって下さい。家康にお薬を調合してもらうようにお願いしてきますから、それまでは身体を休めていて下さい」