第110章 魔王の霍乱
(熱だと…?あぁ…この暑さは熱があるせいなのか…この全身の怠さも熱のせいか…)
言われてみれば納得がいくが、熱を出すなどいつ以来だろうか。
「っ…朱里、今は何刻だ?もう夜は明けたのか?」
朱里に背を支えられて横になりながら、信長は気になっていたことを尋ねた。
「あ、はい。もう陽は昇ってます。今は…辰の刻(午前8時)ぐらいでしょうか」
「もうそんな刻限か…」
いつもならとっくに起きて朝餉も済ませている時間だった。とはいえ熱があるせいか腹も減っておらず、加えて喉も酷く痛んでいて食事を摂る気にもならなかったのだが…
「今日は一日寝ていて下さい。信長様、年明けからずっとお忙しかったからお疲れが溜まっておられたのですよ、きっと」
熱を出すなど想定外だったが、そう言われてみれば何となく予兆はあったのかもしれない。
(昨夜は酷く身体が重かった。珍しく早い時間から眠気がして早々に眠ってしまった。自覚はなかったが、その頃から既に熱が出始めていたのやも知れんな)
信長は熱など滅多に出さず、たとえ熱が出ていてもいつもと変わらぬように振る舞える男であった。
横になり、ぼんやりと天井を見上げると、心配そうに覗き込む朱里と目が合った。
「っ、あっ…えっと…信長様、何か欲しいものとかありますか?お腹は?空いてませんか?」
「いや、生憎と食欲はないが…水をくれ。喉が渇いた」
それだけ言うだけでも渇いた喉の痛みは相当なもので、思わず咳き込みそうになる。
「大丈夫ですか!?はい、どうぞ」
慌てて水差しを口元へ差し出してくれる朱里の甲斐甲斐しさに胸を打たれるが、滅多にない病のせいで気が弱くなっているのだろうか…もっと甘えたくなる。
「違う」
「え?」
怪訝そうな顔になる朱里の方へそっと手を伸ばし、指先でぽってりとした柔らかな唇に触れる。触れた指先ですーっと口の端まで撫でてやると、朱里は擽ったそうに吐息を溢した。
「んっ…信長様?なに…?」
「水が飲みたい。早くしろ」
口の端を催促するようにツンツンと突いてやると、信長の意図を理解したのか、朱里はほんのりと頬を赤く染めた。