第109章 光秀の閨房指南ー其の弐
「ね、信長さま、早く…早く開けてみて下さい」
小瓶を持つ信長の手に指先を絡めながら、朱里は酔いが回ってとろんっと蕩けた目で甘えるように見上げてくる。
「っ…そんな目で見るでない。全く…今宵の貴様には驚かされることばかりだな」
呆れたような口調で言いながらも、信長は朱里の髪を優しく撫で下ろし、目蓋の上に小さく口付けを落とす。酒の効用とはいえ、無防備に甘えた仕草を見せる朱里が愛おしくて堪らず、その表情が変わる様をもっと見たい、もっと深く触れ合いたいという思いは強くなるばかりであった。
(酔った自覚のない女に香油を使うような後ろめたいことは本意ではないが、好いた女の普段は見れぬ姿を見てみたいという男の欲は…抑えられん)
早く開けろと急かす朱里の口の端に、啄むような口付けを何度も施してやんわりと宥めつつ、小瓶の蓋に鷹揚に手を掛ける。
蓋を開け、小瓶の口にそっと鼻を近づけると、甘く華やかな花の香りがした。小瓶を振って中身を少し揺らしてみると、甘い香りが更に強く香り、そのむせ返るような濃厚さに頭がクラリとする。
「どうですか?良い香り?」
隣に寄り添って様子を見守っていた朱里は、好奇心にキラキラと瞳を輝かせて信長を見つめてくる。
まるで新しい玩具を貰った童のようだなと微笑ましい思いになりながら、信長は朱里の整った鼻先に小瓶の口を近付けてやった。
「んっ…はぁ…お花のいい匂い…甘くて気品があって…」
薄っすらと目を閉じて香油の香りを嗅いだ朱里は次の瞬間うっとりと表情を蕩けさせ、感極まったように声を上げた。
「確かに良い香りだな。西洋の花の香りか…」
「白い小さな花だそうですよ。どんな花なんでしょうね…んーっ、本当に素敵な香り!気分が華やいでくるような…」
朱里は何度も香りを確認しては淡い吐息を溢し、表情を蕩けさせている。香りにあてられたのか、心なしか頬も淡く色付いているようだ。どことなく色香を漂わせるその姿に信長の鼓動も落ち着きなく騒ぎ出すのだった。
(これは…何とも目に毒だな。これ以上は見てられん)