第109章 光秀の閨房指南ー其の弐
信長が悩ましい思いで思案していると、その腕の中で朱里が何事か思い出したかのように身動いだ。
「そうだわ、信長さま。私、良いものを持っているんですよ。ふふ…ほら、これですよ。これは香油といって、香りを楽しむものなんですって…んーっ、どんな香りがするのかなぁ?信長さま、一緒に使ってみませんか?」
「…香油だと?」
(こやつ、どこからこんなものを?しかもまた随分と唐突な…)
いきなり袂から陶器の小瓶を取り出した朱里に面食らう信長であった。今宵の朱里の言動はまるで予想外でどうにも読めない。異国の珍しい酒やら香油やら、思いも寄らぬものが次々と出てきては信長を驚かせていた。
「こんなもの、どこで手に入れた?」
朱里の手から小瓶を取り上げた信長は、中身の見えぬそれを軽く振ってみる。チャプンっと小さな水音が静かな部屋に響いた。
「ふふ…それは秘密ですよ」
朱里は蠱惑的な笑みを浮かべ、信長の胸元へ恥じらうように頬を寄せる。そのさり気なくも男心を擽るような仕草は、わざとなのかと思うほどに信長には煽情的に思えた。
(秘密だなどと…これが何か分かって言っているのか?こやつの考えていることが今宵はよく分からん)
香油は、確かに朱里が言うように香りを楽しむものではあるが、閨事においては男女の交わりの際に使われるという認識のものであった。特に格式の高い遊女屋などでは、遊女達は西洋の質の良い香油などを使用して客に奉仕をしているとも聞いていた。
要するに香油は性具のひとつ、いわゆる男と女の潤滑剤であって、朱里が言うように純粋に香りを楽しむといった類のものではなく、その香りですら催淫効果が認められているようなものなのだった。
(朱里は知らぬのだろうな、香油の真の使い道など…知っていたら例え酔っておったとしてもこの場で一緒に使おうなどと言い出すはずがない。さてさて、これは誰の入れ知恵やら…)