第109章 光秀の閨房指南ー其の弐
ほんの僅か唇を離した隙に、甘ったるい声で強請られてゾクリと身の奥が甘く震える。
朱里に自覚はないのだろうが、酒のせいで高揚した身体は熱く火照っていて、触れ合う舌先でさえも熱かった。
もっと…と酒を強請られているのだと分かってはいるが、あまりに煽情的なその姿に信長の欲も否応なく昂ぶらされる。
「っ…朱里っ…」
それでもなけ無しの理性を発揮して朱里の身体をやんわりと押し戻す。
「酒は終いだ。今宵はもう休むぞ」
「あっ、んっ…まだ、やだぁ…」
イヤイヤと子供のように駄々を捏ねながら、妖艶に身体を擦り寄せられては堪らない。子供のような無邪気さと大人の女の艶めかしさを同時に見せられてはさすがの信長も平静ではいられなかった。
「っ…これ以上はダメだ。全く、困った奴だ。貴様、いつからそんなに酒癖が悪くなったのだ?」
信長に抱きつきながらも酒杯に手を伸ばそうとする朱里をさり気なく引き止めながら、信長はくつくつと呆れたように苦笑いを溢す。
無邪気で可愛いところもあるが普段は武家の奥方らしく人前では落ち着いた大人の振る舞いを崩さない朱里が、久しぶりの酒でここまで乱れるとは想像もしていなかった。
「だってぇ…今宵はとっても楽しいんですもの…こんなに楽しいの久しぶりだからぁ…信長さまと、もっと楽しいこと、したいの…」
「楽しいこと、なぁ…」
朱里は日頃から奥の差配や子供達の世話、学問所の手伝いなど忙しく立ち働きながら信長の身の回りことにも細かく気を配ってくれている。放っておくと無理をしがちな性質(たち)で、信長が心配してたまには休むよう勧めても『好きでしていることだから大丈夫』と言って聞いてはくれないのだ。それでもやはり知らず知らずのうちに疲れも溜まり、抑えていたものもあったのかもしれなかった。
久しぶりの酒は心の内を開放することにもなったのか、こんなに陽気な朱里を見るのは信長にとっても久方ぶりのことだったのだ。
(朱里が楽しいと言うのなら、思う存分好きにさせてやりたいとは思うが、他のことでならばいざ知らず、酒で羽目を外し過ぎるのはよろしくはないだろうしな)