第109章 光秀の閨房指南ー其の弐
互いに酒杯を合わせた後、ドキドキしながらそっと一口含んでみると、口当たりは甘くて果実の香りがふわりと鼻に抜ける感じがした。
「甘いな。いつもの珍陀酒よりも甘さを感じるのは果実本来の甘みが酒に溶け込んでいるからであろう。甘さの中に微かに酸味も感じられるが…飲みやすい酒だな」
「甘くて美味しいですね!香りもすごく良くて、いくらでも飲めてしまいそうです。あっ、でも信長様には少し甘過ぎましたか?」
甘味もお好きだが酒は辛口のものを好まれる信長様にはこの酒は甘過ぎたかと心配になり様子を窺うが、信長様は酒杯を傾けながら満足そうに表情を緩めておられた。
「いや、単に甘ったるいだけでなく、甘さの中にも果実の風味が感じられて良い。この果物も食べてよいのだったな?」
そう言うと、酒杯の中から酒の紅い色が染みた蜜柑を一房摘んでみせる。酒杯に残っていた酒に指先が触れて紅く濡れるのが妙に色っぽくて目が離せなくなってしまう。
「ん…口を開けよ、朱里」
「えっ!あ、あの…それって…むぐっ、んんっ!」
てっきり信長様が自分で召し上がるのだと思っていたら思いがけず口元に持ってこられて、驚いている内に薄く開いていた唇に蜜柑がむぎゅっとねじ込まれた。
(んっ…わっ、甘い…お酒と完熟した蜜柑の果汁が合わさって…すっごく瑞々しい!)
口内に広がる瑞々しい果実の甘みは、お酒の甘さとはまた違う美味しさだった。
「美味いか?…っ、その顔を見れば聞くまでもなかったか…」
果実の美味しさにうっとりと顔を蕩けさせた私を見て、信長様は楽しげに笑みを浮かべる。
(あ、信長様のこういう笑顔、好きだなぁ。もっと見たいな)
「信長様も…口、開けて下さい」
信長様の素敵な笑顔が見たくて、私もまた酒杯の中から柿を選んで指先でそっと摘むと、信長様の口元に差し出したのだった。
信長様はニッと口角を上げて不敵に笑むと、無邪気な子供のようにあーんっと口を開けてくれる。その仕草が可愛くて堪らず、きゅんっと胸を鷲掴みにされたような心地になりながら無防備に開いた口にそおっと柿を差し入れた。
「ん…この柿は美味いな。生で食すよりも柔らかくなって、甘みも増しているようだ。柿は干し柿にするのが一番だと思っていたが、このような食し方があるとはな」
信長はシャクシャクっと柿を咀嚼しながら、感心したように頷いている。