第109章 光秀の閨房指南ー其の弐
器の中には紅い酒とともに彩りの良い果実が入っていたのだ。
「珍陀酒に切った果物を漬け込んであるんです。蜜柑に木苺、あと柿も入ってます。信長様、柿、お好きでしたよね?」
南蛮菓子などの珍しい甘味に目がない信長様だが、素朴な干し柿などもお好きでよく召し上がっておられた。信長の領国である美濃国は柿の産地でもあり、上質な干し柿が作られていた。美濃の干し柿は非常に大きな干し柿で、白い粉を上品に纏い、飴色の果肉、とろりとした食感、そして程よい自然な甘さが特徴的で、古くから朝廷や幕府など時の権力者へも献上されるような一級品であった。
「柿は確かに好物だが…何故、酒に漬けてあるのだ?このような酒は初めて見るぞ」
「南蛮の商人の方に教えていただいたのです。『さんぐりあ』という果実酒だそうです。こうして果物を漬け込むと酒に果実の甘さや風味が移って、より一層美味しいお酒になるのだそうですよ。色合いも美しいので目でも楽しめるお酒ですね」
「ほぅ…面白いな。漬ける果物は何でもよいのか?漬ける時間はどのぐらいだ?そもそもこれはどのようにして飲む?」
信長は興味津々といった風に瞳をキラキラとさせ、器の中の酒をゆらゆらと揺らしてみせる。好奇心を露わに矢継ぎ早に質問をしてくる信長の様子に、朱里は嬉しくなって表情を緩めた。
珍しい異国の酒は、何事も新しきものを好む信長の興味を引けたようだ。
「果物は何でも…夏なら桃などもいいかも知れませんね。これは一晩漬けておいたものですが、漬けた果物も一緒に食べていいそうですよ」
南蛮の商人から聞いた話を披露しながら酒杯に酒を注ぐ。漬け込んだ果物も一緒に入れると見た目にも華やかだった。
(ん、美味しそう。上手くできてるみたいでよかった。信長様、喜んでくださるかしら…)
光秀には『贈り物はお前自身だ』と言われて、何だかんだ閨でのあれやこれやを伝授されたが、さすがにそれだけでは恥ずかし過ぎたので何か他のことで趣向を凝らした贈り物ができないかと悩んだ末に考えたのが、異国の商人から教えてもらった珍しい酒を作ってみることだった。
珍陀酒に季節の果物を切って漬け込むだけ、という簡単さだが、日ノ本では馴染みのない新しい酒は信長が好みそうだと思ったのだ。