第109章 光秀の閨房指南ー其の弐
「それで、あの光秀さん?この香油は何のために私に?」
香油の香りが気になって仕方がない朱里は小瓶にそっと手を伸ばしかけたが、指先が触れる直前で光秀のしなやかな右手に小瓶を攫われてしまった。
「えっ?あれ?何で??」
「俺が意味なくお前に物をやるわけがないだろう?この香油は御館様との閨で使え。香りを確かめるのはそれまでのお楽しみに取っておくといい」
「そ、そんな…ね、閨で、って、ど、どうやって…?」
(光秀さんは媚薬じゃないって言ったけど、これってやっぱり媚薬なんじゃないの??閨で使うっていうことは…これをアレとかアレとかアレに塗ったりなんかして…?うぅ、ダメだ、もういかがわしいものにしか見えなくなってきた)
手の内で香油の入った小瓶を揺らしながら口の端に意味ありげな笑みを浮かべる光秀を見ていると未知の香りへの好奇心がすうっと冷めてしまい、伸ばしかけていた手は曖昧に宙を彷徨った。
「あのぅ…それ、やっぱり媚薬なんじゃ…」
「さぁ?どうであろうな…だが、珍しきものがお好きな御館様ならばこれは必ずやお楽しみいただけよう。お前は御館様を喜ばせたいのではなかったか?」
「うっ…それは、そうですけど…」
(それを言われると言い返せない!光秀さんの意地悪っ!)
信長様を喜ばせるためだと言われてしまうと、それがいかにもいかがわしく見えるものでも嫌だと突き返し難かった。
人の心理を上手く突いたような光秀の巧妙な言い回しにそれ以上反論することもできず、朱里は何とも複雑な思いで小瓶を見つめた。
(ま、まぁ、閨で使うかどうかは別にしても、良い香りのするものは信長様も好まれるところだし、純粋に二人で香りを楽しむのも悪くないかも…?)
未知の香りを信長と一緒に体験できるなんて貴重なことには違いない。
異国の香りを二人きりでゆったりと堪能できれば、日頃の疲れを癒してもらえるかもしれない。芳しい香りを嗅ぐだけでも十分、心の癒しになるはずだ。
(どんな香りか先に確かめられないのはちょっと不安だけど、この香りで信長様を癒して差し上げることができれば…)