第109章 光秀の閨房指南ー其の弐
実は光秀が用意した香油に使われている白い花というのは、日ノ本にはないジャスミンという名の花であった。ジャスミンは中国からインドにかけてのヒマラヤを原産とする白色の小さなかわいらしい花をつける植物であった。ジャスミンという名は神からの贈り物を意味するペルシャ語が由来とされていて、麝香(ムスク)に似た濃厚で甘く刺激的かつ異国情緒溢れる香りが特徴的な花だ。その芳香性の高さからジャスミンは「香りの女王」とも呼ばれている。更にはその花の採取には非常に手間が掛かり、沢山の花からほんの少しの香油しか取れないため、西洋ではジャスミンの香油は非常に希少で価値の高いものとされていた。
ジャスミンの香りは心を穏やかに鎮めてくれる作用があると言われおり、香油として使う他にも中国では茶葉に茉莉花(アラビアジャスミン)の花の香りを吸着させた花茶として飲用もされていた。
茉莉花(アラビアジャスミン)は少し青みがある爽やかな香りが特徴的な花で、元々は品質の落ちた茶葉を無駄なく美味しく飲むために花の香りをつけて飲むようになったのが花茶の始まりだったようだ。
花茶は強い花の香りを持つが、それは茶の味を妨げることはなく芳醇な香りと深みのある味の両方を楽しめる茶であった。
日ノ本で茶といえば茶の湯のことで、信長も大坂城内に絢爛豪華な茶室を作るなど茶の湯に造詣が深かったが、異国との交易の窓口である堺の商館では南蛮商人達をもてなすために紅茶や中国茶なども喫されていた。
ジャスミンの香りの効能としては、鎮静、鎮痛、保湿、抗菌など心と身体を健やかに整える効果に止まらず、果ては興奮、強壮、催淫効果といった男と女が気持ちを和らげ官能的な感情になる効果まで、様々な効能を持ち合わせていた。
互いの気持ちを盛り上げて、より深く濃密な交わりを得るために特別な香りの香油を使って興奮を高めるというのは異国ではよく知られた閨事の作法でもあった。