第109章 光秀の閨房指南ー其の弐
状況が理解できぬまま、店の中へと通された私は混乱する頭を抱えながら奥まった一室へと案内された。
「あのぅ、光秀さん…これから何が始まるんですか?女将さんが言ってた遊女の仕事を見るっていうのは…」
「言葉通りの意味だ。この部屋は隣の部屋とは障子一枚隔てただけの続き部屋になっていてな、覗き見には都合がいい」
「の、覗き見って…何を見るつもり…」
ーんっ、あぁっ…はぁん…
『覗き見』という言葉に反射的に声を潜めて光秀さんに聞き返そうとした私の声を遮るかのように聞こえてきたのは、何とも艶めかしい女人の声で……
「ま、まさか…」
「そのまさかだ。訓練は座学より実戦の方が身に付きやすい。閨事の巧者である遊女の手技を学ぶには、まずは実際に見て覚えることだ」
とんでもないことをサラリと言いながら、光秀さんは目の前の障子に手をかけてそおっと開き、僅かな隙間を確保した。
「ちょっ…そんな…開けたら気付かれちゃいますよ!」
「安心しろ。向こうから此方は死角になっている。向こうの客には気付かれぬよう遊女にも事情は説明してある。遊女への報酬はその分上乗せしてあるからあちらも協力的だ」
(さすが光秀さん、細かいとこまで抜かりない…って感心してる場合じゃない!)
「そ、そんな…でも何故こんなことを…?」
「お前は御館様しか男を知らぬだろう?御館様から教わる手管ばかりでは新鮮味もなく、やがて飽きが来る。人とは常にあらゆる方面から新しい知識を得るために努力し続けなければならないものだ」
「ええっ……」
(光秀さんが言うと何だかすごく高尚な話みたいに聞こえるけど…要するに、人がシテるのを見て閨事の技を磨け、ってことだよね?そ、それは確かに私は信長様しか知らないし、信長様に言われるままにあれやこれやしてるだけだから信長様からしたら新鮮味に欠けるかもしれないけど…だからって他人の情事を覗き見するなんて!)
まさかこのような事態になるとは思ってもおらず、障子の隙間から漏れ聞こえてくる艶めいた喘ぎ声に思わず耳を塞ぎたくなる。
「こら、耳を塞いでいる場合ではないぞ」
耳を塞ごうとした手は呆気なく捕まってしまった。
「ううっ…他の人のを覗き見するなんて…私には無理です、光秀さん」
「何事も経験しなければ分からないものだぞ。これもひとえに御館様のためだ。精進しろ、朱里」