第109章 光秀の閨房指南ー其の弐
光秀さんに相談を持ちかけた翌日の昼過ぎ、私はなぜか城下の遊女屋にいた。
「あ、あの、光秀さん?何故こんなところに?黙ってこのような場に参ったと信長様がお知りになったら、きついお叱りを受けるのでは…」
光秀さんに言いくるめられ、今日は臨時に学問所の手伝いに行くと言って城を出たのだ。嘘を吐いて昼間から光秀さんと遊女屋に来ていたなどということが信長様の耳に入ったら、どのようなお叱りを受けるかもしれない。
煌びやかに着飾り、美しく髪を結い上げた遊女達が店先で妖艶な笑みを振り撒いているのをチラチラと横目で見ながら、私は先を行く光秀さんに慌てて声を掛けた。
光秀さんは私の言葉が聞こえているのかいないのか返事を返すことなく、迷いのない足取りで一軒の店の前までやって来ると、黙って暖簾を潜る。
その店は店構えから見ても、この辺りではかなりの大店のようだった。光秀さんが店先にいた者に何事か耳打ちすると、店の者はさっと顔色を変えて慌てて奥へと駆けていった。
そのまましばらく待っていると、奥からこの店の女主人と思しき身なりの派手な女性が姿を見せ、光秀さんに向かってニッコリと微笑んだ。
「これは明智様、ようこそお越し下さいました」
「女将、此度は無理を言ってすまんな」
「いえいえ、他ならぬ明智様のお頼みですから、私共にできることは何なりと…それでそちらが…?」
女将さんはチラリと私の方へ目線を寄こすと、口元に意味ありげな笑みを浮かべる。何となく値踏みされているような気がして落ち着かなくなり、無意識に身を縮めるようにして半歩後ろに下がってしまった。
そんな私を、逃がさないとでも言うかのように背後からグッと両肩を押さえたまま光秀さんは女将さんと淡々と会話を続ける。
「訳あってこちらの女人の素性は明かせぬが、ここで見聞きしたものは他言せぬと約束しよう」
「それは勿論のこと。こんなこと、明智様以外からのお頼みなら即刻お断りですよ。遊女の仕事ぶりを見せろだなんて…それもこんな見るからに上品そうなお嬢さんにねぇ…」
呆れたように言いながら、女将さんは再び私を値踏みするように上から下へと興味深げに見下ろしたのだった。
(何だろう、これ…何の話…?光秀さんっ、一体何を企んでるんですか??)