第109章 光秀の閨房指南ー其の弐
「…あの、光秀さん?先に言っておきますけど、今回はその…く、薬とか、そういう類いのものはナシですからね。普通でお願いします、普通で」
「はて、いきなり何を言い出すかと思えば薬とは…奥方様は何のことを仰っているのか…皆目見当も付きませんな」
訳が分からないといった風に小首を傾げてみせる光秀に歯痒くなった朱里は、光秀をキッと睨み据えて声を上げる。
「惚けないで下さい!分かってるくせに…薬と言えば、び、媚薬のことに決まってるじゃないですか!塗るのとか飲むのとか色々妖しいやつ…光秀さん、すぐ私に使わせようとしますよね?」
「おや、これはこれは…淑やかな奥方様の口から『媚薬』などという艶めかしい言葉が出ようとはな。だが、心外だな、俺は弟子には常に新しい知識を与えてやらねばと思っているだけだ。新しいものがお好きな御館様に飽きられぬよう、お前も日々精進せねばなるまい。御館様を驚かせたいのだろう?ならば、普通がいい、などとつまらぬことを言うものではない。普通など、御館様が最も忌み嫌われるものだとお前もよく知っているだろう?」
いつの間にやら私は光秀さんの弟子になっていたらしい…一体いつから!?
「そ、それは確かに、信長様が驚くような贈り物をしたいとは言いましたよ。でもそれは日頃の感謝の気持ちを伝えたいからであって…そ、そんな…いかがわしいやつじゃありませんっ!」
「今更それを言うか…贈り物はお前と既に決まったことだ。後はいかにして御館様の度肝を抜くか…そこが肝要だ」
(いや、それ、完全に趣旨が変わってます、光秀さんっ!)
「ううっ…そんな…」
「まぁ、媚薬がお好みでないなら他にも色々とやりようはある。安心しろ、悪いようにはしない」
見るからに悪い顔で言う光秀さんに、私の不安は募るばかりだった。
(信長様に感謝の贈り物をするはずだったのに、いつの間にか贈り物は私自身になっちゃった。光秀さんの指南も妖し過ぎるし…私、一体どうなっちゃうんだろう…)