第109章 光秀の閨房指南ー其の弐
「……それで?何故、お前は俺の所へ来た?」
不可解そうに金色の眸を眇め、目の前の人は奥の奥まで探るように私をじっと見つめた。
「だ、だって…昨日まで京で信長様と毎日一緒だったし、京での信長様の身の回りのことも色々して下さってたんでしょう?光秀さんなら信長様が今、何をお望みか…分かるかと思って」
全てを見透かすような視線に早くも居た堪れない気持ちになりながらもおずおずと答えた私を見て、光秀さんは益々意外そうに眸を瞬かせた。
「ほぅ…いかにも、京では御館様と朝夕ともに過ごした。長らくの滞在で御館様の御身の隅から隅まで知り尽くした…と言っても過言ではない」
「えっ…あ、はあ…」
(何かとっても含みのある言い方!)
「あえて御館様一筋の秀吉ではなく、この俺に教えを乞おうとは…なかなかに見る目がある。褒めて進ぜよう、奥方様」
光秀の揶揄い混じりの意味深な言い方に早くも人選を誤ったような気がしたが、時既に遅しである。
「あ、ありがとうございます…?」
信長様への日頃の御礼に何をしたらよいのか、悩みに悩んだ末に結局これといった案が浮かばなかった私は、光秀さんに相談を持ち掛けたのだった。
いつもなら兄のように私を気遣ってくれる優しい秀吉さんや、話しやすい政宗に相談するところなのだが、此度は信長様を驚かせたいという思いもあって光秀さんに相談することにしたのだ。
(光秀さん自身が意外性の塊みたいな人だから、いい考えが浮かぶかと思ったんだけど…何だか先行きが不安になってきたな)
「さてさて…御館様のお望みか…」
ニヤニヤと含みのある笑顔を向けてくる光秀さんに、私は早くも及び腰になっていたが、反対に光秀さんの方は単に面白がっているだけなのかもしれないが、早くも私の話に乗ってくれている。
「は、はい…信長様が今望んでおられること…欲しいものや、して欲しいことなど、何でもいいんです。私が叶えて差し上げたいんです!でも…これといったものが思い浮かばなくて…」
「最も身近にいる者はかえって核心に気付かぬものだとも言う。御館様の最もお傍にいるお前に御館様の真の望みが分からぬというのもまた道理やも知れんな」
「そ、そういうものですか…?」
(光秀さんが言うと、妙に説得力があるな。信長様のことで私が知っているようで知らないことって…やっぱりまだあるよね)