第109章 光秀の閨房指南ー其の弐
傍に来るように言われて内心嬉しかったが、子供達のように嬉々として駆け寄るのはさすがに恥ずかしく、遠慮がちにお傍に寄った私を信長様はグッと力強く引き寄せて肩を抱いた。
「きゃっ…の、信長様っ…?」
(やっ…子供達の前なのに…)
「遠慮するな、貴様の分の土産もある」
「えっ…あ、お土産…ありがとうございます。って、今改めて見ましたけど凄い数ですね。これ全部、私達へのお土産ですか?」
昨夜は久しぶりに信長に逢えた嬉しさに浮かれていて、天主に運び込まれた品々を見る余裕がなかったのだが、改めて見ると様々な品が山のように積まれていた。
(子供達は純粋に喜んでいるみたいだけど、これは些か買い過ぎじゃないかしら…)
信長の自分達への心遣いに嬉しさを感じる一方で、いつも以上の豪快な『大人買い』には目を瞠る。
「此度は些か長い滞在だったからな。貴様らに寂しい思いをさせた詫びとしては、これぐらいでは少なかろうとは思うが」
「ええっ、そ、そんなことは…寧ろ多過ぎるぐらいですよ。でも、ありがとうございます、信長様。嬉しいです」
愛は物の多寡では測れぬと言えども、こうして自分達のことを想って沢山の土産物を選んでくれた信長の想いが嬉しく、心に沁みた。
だが、嬉しい反面、心の片隅に僅かな後ろめたさを感じたのもまた事実だった。
(誕生日の贈り物や沢山のお土産…何だか私って信長様から貰ってばかりだな。信長様はいつも私や子供達のことを気にかけて下さって有り余るほどのものを与えて下さるけど、改めて思い返してみると私はその半分もお返しできていない気がする)
大事にされてばかりで、私は信長様のために何もできていないのではないかと、ふと不安になってしまったのだ。
「……朱里?どうかしたか?」
土産物の山を見ながら表情を曇らせて急に黙ってしまった私に、信長様は戯れつく子供達に構いつつも心配そうに声を掛けてくれる。
(ちょっとした表情の変化にも即座に気付いてくれるその気遣いが嬉しい…嬉しいんだけど…私ったらダメだな。こんなことでも信長様に心配かけるなんて)
「い、いえ…何でもありません。さあ、朝餉が冷める前にいただきましょう」
その場は何とか誤魔化したものの、自分の不甲斐なさを実感してしまった心の中は朝餉の間中モヤモヤしたままだった。