第109章 光秀の閨房指南ー其の弐
「もぅ…二人とも階段は走っちゃ危ないでしょう?」
元気いっぱい駆け上がる子供達の後を追いかけてきたのだろう、はぁはぁと呼吸を荒げた朱里が朝餉の膳を運ぶ女中たちを従えて入り口の前にその姿を見せた時には、二人は既に信長の膝の上に収まっていた。
「父上っ、ぎゅーってして!」
「きちも!きちも、ちちとぎゅっ、する!」
「何だ?二人とも急に甘えたがりになりおって…結華、吉法師、父がおらぬ間、母上を困らせず良い子にしておったか?」
「はいっ!」
「きちも!きち、よいこ?」
信長は二人の頭にポンっと手を置いてその顔を覗き込む。吉法師は何でも姉の真似をしたいらしく、父の言葉の意味も分かっていないだろうに誇らしげな顔をして小さな身体を反らせているのが何とも微笑ましかった。
「そうか…ならば二人には褒美をやらねばならんな」
「ご褒美?やったぁ!父上、何を下さるのですか?」
「京の土産だ。気に入るものがあるとよいが…まぁ待て。先に朝餉を済ませてからだぞ」
信長の視線の先、山のように積まれた土産物の数々に一瞬で目を奪われた子供達は早速に父の膝の上から立ち上がり、無邪気に駆け寄らんとする。信長はそんな二人を悠々と捕まえて逞しい腕の中に包み込むと、ぎゅうっと力強く抱き締めた。
子供特有の高い体温を保つ柔らかな身体を腕の中に閉じ込めると、二人はきゃあきゃあと愉しげな声を上げる。幼い子供の甲高い声が静かな天主に響く様は何とも賑やかで一気にその場が華やいだ。
父と子が楽しげに触れ合う様子を微笑ましく見遣りながら、朱里は心が穏やかに満ち足りていく思いがした。
信長が留守の間、子供達もやはり寂しい思いをしていたのだろう。
日頃から、忙しい父とは毎日顔を合わせられるわけではないが、信長が不在の城内はやはりどことなく活気がなく、私も子供達の前で寂しさを隠し切れていなかったように思う。
そうした空気を結華や吉法師も幼いながらも敏感に感じ取り、寂しさを感じていたのかと思うと、母として自らの不甲斐なさを恥じ入るばかりであった。
「朱里、如何した?貴様も早くこちらへ来い」
信長は子供達を抱き締めたままで、ぼんやりと物想いに耽っていた朱里にも自分の傍へ来るようにと促す。
(えっ…わ、私も?)