第108章 離れていても
ウトウトと微睡み、次に目が覚めた時には障子の向こうから柔らかい朝の光が射し込んでいた。
さては寝過ごしてしまったかと慌てて隣を確認すると、意外にも信長様はまだ眠ったままだった。
(っ…よかった。二度寝しちゃったけど信長様より先に起きられたみたい。でも夜が明けたのにまだお目覚めじゃないなんて…やっぱり相当お疲れなんだわ)
ゆっくり休んでもらうため、今朝はお迎えに来てもらわないように秀吉さんにお願いに行こうと、そっと寝台から起き上がろうとしたその時……
「……どこへ行く?」
「えっ!?」
後ろから夜着の袖をクイっと引っ張られ、驚いて振り返ると横になったままの信長様が寝起きの不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。
「信長様っ…?」
「…………」
(っ…ん?あれ?これ、寝惚けてる?)
今起きたばかりなのか、信長は頼りなげな様子で焦点の定まらぬ目を泳がせている。
「の、信長様?あの、起きて…?」
「起きてる。貴様、黙ってどこに行くつもりだった?」
「や、あの…秀吉さんのところに…」
「は?秀吉?秀吉だと?こんな朝から奴に何の用がある?俺に黙って寝所を出るなど許さんぞ」
信長は憮然とした表情で言うと、強めに朱里の腕を引いて布団の中に引っ張り込む。布団の中で柔らかな身体をぎゅうっと抱き締めて、離れぬようにしっかり脚を絡めた。
「きゃっ…や…の、信長さまっ…?」
「んー?」
ぴったりと身体を密着させたまま、頬をすりすりと擦り寄せられる。甘えるような仕草をする信長が珍しくてドキドキしてしまい、一気に体温が上がったような気がした。
「やっ…離して…下さい」
「くっ…何を言うか…昨夜はあんなにも俺に縋り、『離さないで』と啼いたくせに」
「そ、それは…そんなこと、い、今言わないで!」
朝の爽やかな空気に似つかわしくない発言に昨夜の濃密な情事の記憶が蘇り、恥ずかしくなって信長様の胸元に顔を埋める。
「ふっ…もう少し、このままでいろ。どこへも行くな」
頭の上で囁かれた声はひどく優しくて、髪の上に小さく啄むように何度も落とされる口付けはひどく甘かった。