第108章 離れていても
天灯とは主に竹で提灯のような形を作り、その上に和紙を貼った構造のものである。底部の中間に油を浸した紙を固定し、その紙に染み込んだ油に火を灯し燃焼させることによって、内部の空気の加熱を行なう。熱せられた内部の空気は周囲の空気と比べ軽くなり、これによって天灯が空へと上昇する仕組みとなっている。
真冬の夜空に灯火をつけた紙灯籠が上がり、煌めきながら星空の彼方へと昇っていく幻想的で美しい光景は、計らずも『冬蛍』と呼ばれているのだそうだ。
信長様はこの天灯を京の地から飛ばし、幻想的な冬の夜を演出して見せてくれたのだった。
「本当に綺麗でした。子供達もとても喜んでましたよ。ありがとうございました、信長様」
「礼には及ばん。貴様や子らが楽しい時を過ごせたのなら良い」
「でも…あんなに沢山の天灯を飛ばすのは大変だったのではないですか?」
いくつもの光がゆらゆらと夜空を泳ぐ様は壮観で、時を忘れて目を奪われたものだ。一度にあれだけの数を手配するのは信長といえど容易ではなかったのではないだろうか。
「大したことではない。京の民達の手を多少借りはしたが…」
「え?」(民達の手を借りたって、どういう意味だろう?)
グイッと盃を呷り酒を喉奥へと迎え入れると、信長は不敵に口角を上げる。信長の言葉の意味がすぐに理解できなかった朱里は、些か疑問の残る顔で首を傾げた。
「信長様、あの…それはどういう…」
「簡単なことだ。街道が雪に閉ざされて物の流通が滞ると商人達の商いも滞る。商いが滞れば、商人のもとで働いている下々の者達が本来するべき仕事も減る。そこで、突然仕事がなくなって困っておった民達に天灯を作るよう命じたのだ。然るべき報酬を与え、最も早く数も多く作った者には報酬を更に上乗せすることを約してな」
「それはまた…」
ただ上から命じるだけでなく、仕事としてその働きに対して正当な対価を支払い、更には報酬の加算という魅力的な策で民達を互いに競わせ作業の迅速化を計るとは、何とも信長様らしい考えだ。
夜空に浮かぶ無数の灯りは、雪のために暗く閉ざされた京の町にも明るさをもたらしたことだろう。光の演出は信長様が私への祝いの品として用意して下さったものだが、同時にそれが京の民達の心の慰みにもなったのだとしたら、それは私にとっても嬉しいことだった。