第108章 離れていても
「では、あれは『天灯』というのですね。私、あのように美しい光は初めて見ました」
脇息に凭れ、ゆったりと盃を傾ける信長に酌をしながら、朱里は聞き慣れぬ『天灯』という言葉に興味深そうに小首を傾げる。
信長は朱里のその少しあどけなさが残る仕草を胸の内で愛らしく思いながら、注がれた酒を一息に飲み干した。
温めに燗された酒は口当たりも良く飲み易い。更には久しぶりに愛しい妻を相手に傾ける盃に、今宵は容易く酔いが回りそうな気がした。
「っ…ふぅ…美味いな。やはり貴様の酌で飲む酒は格別だ」
「まぁ!ふふふ…」
雪に閉ざされた京から信長が帰城したのは結局、朱里の誕生日から五日ほど経った後であった。
街道沿いの村々の様子を見つつ、信長達が大坂へと帰り着いた頃には陽は落ちて辺りは暗くなっていた。子供達は既に休んでいたため可愛らしい顔を見られなかったのは残念だったが、慌ただしく湯浴みを済ませて旅の汚れを落とすと、天主で朱里とともに遅めの食事を兼ねた晩酌を楽しむことにしたのだった。
「お酒ばかりではなくお食事も召し上がって下さいね。あ、でも今宵はもう遅いし、この時間にあまり沢山召し上がるのもお身体には良くないですよね…お疲れでしょうし、やっぱりお酒もお食事も程々にして、今宵は早くお休みになった方が…」
いそいそと信長の世話を焼きながら、あれやこれやと独り言を言う朱里は、明らかに浮かれた様子だった。
久しぶりに愛する人に逢えた嬉しさから心が浮き足だってしまい、先程の『天灯』のこともそうだが、話したいことも聞きたいことも山ほどあって気持ちばかりが急いてしまい、ひどく落ち着かないのだった。
「構わん。さほど疲れてはいない。今宵は俺も貴様ともっと語り合いたい気分ゆえ、まだ休む気はない。ところで、空からの祝いの品はどうであった?気に入ったか?」
「は、はいっ!あの、でも、あれは本当にどのようになさったのですか?」
あの幻想的な光の贈り物は何だったのかと不思議そうに問うた私に、信長様は「あれは『天灯』だ」と楽しげに笑って仰ったのだ。
悪戯が成功した子供のような得意げな笑顔が印象的だったが、『天灯』という聞き慣れない言葉を聞いて私の疑問は益々深まるばかりだった。