第108章 離れていても
その日の夕方、酉の刻近く
この時期、冬の陽が沈むのは早く、陽が落ちれば辺りはすぐに薄暗くなる。通りにはまだまだ雪が残っていることもあってか、陽が沈めば人通りもぐっと少なくなり城下は次第に静寂に包まれていく。
「はぁ…やっぱり日が暮れると冷えるなぁ」
空を見上げて独り言ちると、吐き出した息が白く烟る。
天主の廻縁に出て空を見上げると、早くも星がチカチカと瞬き始めていた。冬の空気は澄んでいて周りに灯りもない中では星がよく見える。天高く聳え立つ大坂城の天主はより空に近く、手を伸ばせば星が掴めそうな錯覚を覚えるほどであった。天主から見るこの美しい星空が私は好きだった。
まもなく酉の刻、信長様からの文にあったとおりに京の方角の空へと目を向ける。
「母上〜、まだぁ?やっぱり結華もそっち行っていい?」
「きちもいく〜!はは、きちもおそと、でる!」
閉めた障子の向こうから子供達の元気な声が聞こえてくる。
外の空気は寒く、子供達を長い時間外にいさせて風邪を引かせてはいけないと思い、部屋の中で遊んで待たせてあったのだ。
二人はそれが些か不満らしく、先程から焦ったくなってはこうして何度も声をかけてくるのだった。
「ダメだよ、二人ともまだお部屋で待っててね。まだだからね…」
何がまだなのか、何を待ったらいいのかなど私自身も至極曖昧なままだったが、遠くの空を今か今かと見つめながら障子の向こうの子供達へ呼びかける。
(あの空の向こうに何があるんだろう…信長様は何を贈って下さるというのだろうか…?)
障子の向こうの子供達の様子も気になるが、一瞬の変化も見逃してはいけないと空の彼方を凝視する。
せめて何が起こるのか予め分かっていればよかったとは思うが、秘密めいた言い回しの文が送られてきたのは悪戯好きの信長ならではだろう。否が応でも期待は高まっていた。
「母上〜」
「はは〜」
「う〜ん、もう少し待って〜」
(うっ…困ったな。子供達、退屈しちゃってる。本当は私も子供達と一緒にいたいけど、二人に風邪を引かせるわけには…特に吉法師はまだ小さいから心配だわ)
手遊びには飽きてしまったのだろう、じっと座っていられなくなった二人は部屋の中をウロウロしているのか、ドタバタと子供らしい遠慮のない足音が聞こえていた。