第108章 離れていても
子供達と朝餉をいただいていると、廊下を足早に歩く足音が聞こえてくる。箸を持つ手を止め、何事だろうかと意識をそちらの方へ向けると……
「朱里、俺だ。入るぞ」
声の主は急いでいるのか、返事を待つ前に障子が開かれた。
「秀吉さん!」
部屋の前には、少し息を乱した秀吉さんが立っていた。
この時間なら武将達も広間で朝餉を取り、そのまま軍議に入っているはずだと思ったが、何かあったのだろうか。
「秀吉!おはよう」
「ひでよしっ、おはよー!」
子供達はいつも優しく構ってくれる秀吉さんが大好きなので、二人とも弾けるような笑顔で秀吉さんにおはようを言う。
吉法師に至っては箸を持ったまま秀吉に駆け寄ろうとその場で腰を浮かせていた。
「結華様、吉法師様、おはようございます。お食事中のご無礼をお許し下さい」
吉法師が食事中に立ち上がってしまいそうになるのを素早く察した秀吉は、室内へと入ってくると二人の膳の前にささっと腰を下ろした。
「おはよう、秀吉さん。こんな時間にどうしたの?何かあった?」
箸を置いて、少し緊張した面持ちで秀吉さんに向き合う。
(軍議で何か緊急の報告があったのかもしれない。秀吉さんがわざわざ私の所へ来てくれるなんて、京の信長様に何かあったとか…?)
「食事中に悪かったな、朱里。さっき軍議中に京から文が届いてな、それで…」
「京から?信長様から?秀吉さんっ、信長様から文が来たの?文が届いたってことは街道はもう通れるの?信長様はいつお戻りに?」
京からの文と聞いて気が高ぶってしまい、秀吉さんの言葉を遮るようにして声を上げてしまう。
「お、おぅ…落ち着け、朱里。街道はまだ雪に閉ざされて通常の通行は困難だ。文は御館様にお付けした忍びの者が届けたんだ。忍びなら多少の悪路も難ないが、それでも予想より大分時間がかかったらしい。御館様のお戻りは今少し時がかかるだろうな」
「そうなんだ…」
早とちりして取り乱してしまい、子供達の前なのに大きな声を出してしまった。恥ずかしくてそっと顔を伏せる私を気にすることなく、秀吉さんは懐から取り出した文を恭しく渡してくれる。
「ほら、お前宛ての文だ」