第108章 離れていても
「雪が解ければ、じきにお戻りになるわよ。京は近いから、街道が通れるようになればすぐよ」
今日も空はどんよりと曇っていたが、幸いにして雪は降っていなかった。このまま天候が回復し、雪が解ければ閉ざされた街道も通れるようになるだろう。
相変わらず京からの知らせは届かないが、便りがないのは良い知らせだと思い、穏やかな気持ちで信長様のお帰りを待つことにしたのだ。
「……ゆきがなくなったら、ちち、かえってくる?」
何物をも疑わぬ純粋そのものの眸で見上げてくる吉法師を見て、キュッと胸が締め付けられる。やはり父が城におらぬと子らも淋しいのだと思うと、何とも居た堪れない気持ちになるのだった。
「そうね、早く雪がなくなるといいわね」
「ゆき…なくなると、ゆきだるまさんもいなくなる?ちち、かえってきたら、ゆきだるまさん、いなくなっちゃう?きちのだるまさん…もっとあそびたかった…」
「えっ、ええっ…そ、それは…」
(雪だるま!?雪だるまの心配?うっ…そ、それは…何て言ったらいいんだろう…)
よもや吉法師の頭の中で信長様と雪だるまが天秤にかけられているとは思いも寄らず、信長様には申し訳ないが子供ながらに悩ましげな顔をして雪だるまの心配をしている吉法師が可愛くてならなかった。
悲しげな顔の吉法師を前に頬が緩みそうになるのを我慢して、小さな身体をぎゅっと抱き締める。
「吉法師、雪だるまさんとはまた雪が降ったら遊べるから…今は父上様のお帰りを待とうね」
「……うん。ちち、かえってきたら、いっしょにおーっきなゆきだるまさんつくるっ!」
吉法師は、うーんっと伸びをして身体全体で大きな雪だるまを表現する。先程まで悲しげだった顔は、一瞬にして愉しげな顔に変わっている。コロコロと表情を変える幼子は本当に愛らしく、見ていて飽きない。
(ううっ…なんて可愛いんだろう。吉法師と信長様が一緒に雪遊びなんて…尊過ぎる)
一人目覚めた誕生日の朝、本当は淋しくて心が寒かった。
信長様のことを想えば想うほど恋しさが募り、逢いたくて逢いたくて心がカラカラに渇いていくようだった。心穏やかにお帰りを待とうと己に言い聞かせた次の瞬間、どうしようもなく胸が騒いで仕方がなくなったりもした。
(それでも私にはこの子達がいる。信長様が授けて下さった大切な家族。この子達と一緒に信長様がお帰りになる日を待とう)