第108章 離れていても
ーぐちゅっ…にちゅっ、ぬちゃっ…
「うっ…くっ、はぁ…はっ…」
熱を帯び荒くなる息遣いとともに、湿った水音も酷く淫美な音色を奏でる。
ここ本能寺での信長の寝所は寺の最も奥まった場所に用意され、当然のことながら人払いもなされている為、人の気配も少しの物音さえもしないのだが、それはそのような静寂の場には似つかわしくないような淫美な音色であった。
初めは思いがけず昂ってしまった己を鎮めるために淡々と済ませるつもりであった信長だが、いつの間にかこの背徳的な行為に興奮を抑えられなくなっていた。
愛しい女を想い、己を己の手で慰める行為。
最愛の存在を想像の中で汚す背徳感に、昂りは鎮まるどころか益々暴れ狂う。
ほんの少し前まで冷え切って色を無くしていた寝所の空気は、濃密な欲の色に染まり息苦しいぐらいの熱を帯びていた。
「はっ、あっ、くっ…うあっ…」
一物を扱く信長の手の動きが次第に激しくなり、息遣いも余裕なく乱れていく。限界が近付き、迫り上がってくる吐精感を堪えようとグッと眉根を寄せた。
ービュクッ!ビュッ…ビュルビュルッ…
達する瞬間、信長は空いている方の手で懐紙を取ると、昂りを扱いていた手ごと押さえた。
ビクビクと震えながら吐き出される白濁で懐紙は瞬く間にべっとりと濡れてしまったが、信長は急速に冷静になっていく頭で淡々と後始末をする。
精を放ち、身体は確かに満たされたはずなのに、この渇望は、空虚さは、一体何なのだろう。精を吐き出した後の身体は程良い気怠さを覚えてはいたが、そうかと言ってこのまま眠れそうな気は全くしなかった。
(終わってみれば何とも虚しい。やはり一人でなどするものではないな)
朱里との夜はいつも、互いに達した後、満たされた気持ちで心地良い気怠さを感じながら眠りについた。生来の寝付きの悪さが嘘のように、朱里を抱いた夜は身も心も満ち足りて恐ろしく良く眠れるのだが、今宵はどうもそんな訳にはいかないようだ。
「はぁ……」
腹の底に溜まったモヤモヤと晴れないものを吐き出すかのように深い溜め息を吐くと、気怠い身体を褥の上に投げ出した。