第108章 離れていても
聞き分けのない吉法師に思わず大きな声を出した私を秀吉さんはやんわりと制止する。
「朱里、落ち着けって…俺は全然気にしてないから。吉法師様、失礼を致しました。さぁ、出発しますぞ。しっかり掴まって下さいよ?」
(気にしてないどころか、吉法師様の遊び相手を務められるなんて寧ろ光栄過ぎるんだが…)
「うんっ!ひでよし、しゅっぱーつ!おうま、ぱかぱか!」
「ああっ…吉法師っ!もぅ、乱暴にしちゃダメだってば…」
秀吉の背中の上でぴょんぴょんと跳ねるように暴れる吉法師を焦って止めようとするけれど、興奮した子供は当然聞く耳を持たず、甲高い声を上げてお馬さんごっこに夢中になっている。
子供特有の無邪気さは遠慮というものを知らず、その様子は微笑ましくもあったが、吉法師にされるがままになっている秀吉さんを見ていると申し訳ない気持ちにもなるのだった。
言葉も増えて動きも活発になってきた吉法師には私自身も振り回されることが多く、男の子の子育ては体力勝負だなと改めて思う。
今はまだ母親にべったりでどこに行くにも傍を離れない吉法師だが、じきに行動範囲も広がって目が離せなくなる時が来るだろう。
(吉法師は信長様の御子だし、これから益々やんちゃになっていくような気がする。秀吉さんの言うとおり、元気がいいのは何よりだけど…私も負けていられない!)
秀吉さんが余裕の様子で吉法師と遊んでくれているのを見て妙な対抗意識が芽生えてしまった私は、心の内で密かに気合いを入れ直したのだった。