第108章 離れていても
「ひでよし〜、あそぼ!」
乳母に連れられて厠に行っていた吉法師が戻って来たらしく、秀吉を目敏く見つけて駆け寄って来た。胡座を掻いて座っていた秀吉の背中にドンっと勢いよく飛びつく。
「うおっ!吉法師様、元気が良くて何よりですな」
「ご、ごめん、秀吉さん。吉法師ったら、やんちゃで…」
「んー?これぐらい普通だろ?子供は元気過ぎるぐらいじゃないと逆に心配だ。男子はやんちゃなぐらいで丁度いいよ」
「遊んで遊んで!」と吉法師にゆらゆらと揺すぶられている秀吉さんだが、嬉しそうに笑って言う。
(秀吉さんは本当に優しいな。いつも私だけじゃなく、子供達のことも気にかけてくれて)
結華は勿論のこと、物心が付き始めたばかりの吉法師もまた、何かと構ってくれる秀吉さんのことが大好きになったようだ。
背中に吉法師を乗せて四つん這いで歩き始めた秀吉さんは幼い子供の相手も手慣れたもので、吉法師は楽しそうに歓声を上げている。
「いつもありがとう、秀吉さん。それにしても秀吉さんって子供と遊ぶの上手いよね」
信長様も意外と子煩悩な方だが、秀吉さんもまた若干過保護気味ではあるが子供の扱いが本当に上手くて感心してしまう。
「まぁ、小さい頃から弟や妹の面倒見てきたからなぁ。子守りには慣れてるんだ」
「ふふ…いいお父さんになりそうだね、秀吉さん」
「なっ…お父さん!?そ、それはその…い、いや、それはまだ早いぞ!俺と千鶴は祝言もまだだしな…」
「ええっ…あっ、ごめん、そういう意味じゃなかったんだけど…ええっと…単なる例え話っていうか…」
「な、何だ…そ、そうなのか?」
「むー、ひでよしっ!めっ!」
しどろもどろになって思わず歩みを止めた秀吉に対して、背中の上の吉法師は不満げな声を上げる。お馬さんごっこを中断されて怒っているらしく、小さな手でぺちぺちと秀吉さんを叩いている。
「こら、吉法師!叩いちゃダメでしょ!秀吉さん、痛い痛い、だよ?」
「むぅ……」
慌てて小さな手を掴み、叱る私に、吉法師は不満そうに唇を尖らせた。幼い子供のそのような仕草は可愛らしく、吉法師に悪気がないことは明らかだったが、甘やかしてばかりではいけないとグッと気を引き締め、努めて怖い顔を作って見せた。
「吉法師、秀吉さんにごめんなさい、は?」
「むーっ!やっ!」
「吉法師っ!」