第107章 嫉妬は甘い蜜の味
「……夢を見た」
「えっ…?」
「昔の夢だ。他愛もない」
それ以上は夢の内容を話すつもりはないのか、短くそう言うと信長はそれきり口を閉ざした。
寝覚めの悪い夢だったのかと心配になって信長の表情を窺った朱里は、どういう訳か、信長の目を真っ直ぐに見つめて、ふわりと幸せそうに微笑んだ。
「………何だ?」
「いえ…良い夢を見られたのだな、と思って」
「………何故、そう思う?俺は何も言っていないが」
「あ…えっと…その…穏やかなお顔を…なさっておいででしたので。ち、違ってましたか??」
感情の見えない低く重厚な声色とは反対に、チラリと覗き込んだ信長の表情が柔らかく緩んでいるように見えたのだ。
夢の内容を聞きたい気持ちはあったが、信長にとって良い夢だったのならそれでよいとも思った。
「………違わん。悪い夢ではなかった。他愛ない、夢みたいな夢だったな」
「ええっ?何ですか、それ…?」
信長らしくない曖昧な物言いだが、楽しそうに口元を綻ばせた様子を見て朱里もまた嬉しくなる。
初日の出は見られなかったが、正月早々に信長の満足そうな顔を見られたことが嬉しくて堪らなかった。
「……ニヤけた顔だな」
「えっ?あ…ふふ…信長様が良い夢を見られて嬉しそうになさっているのを見て私も嬉しいです」
「ふっ…この俺を見透かすとは…許し難いな」
「………え?」
「仕置きだ」
言うや否や視界がクルリと反転し、あっと思う間もなく私は信長様に組み敷かれていた。
すっかり目醒めた深紅の瞳はギラギラした欲の焔を隠そうともせず私を真っ直ぐに射抜く。
「ちょっ…信長様、何を…?本当にもう起きないと時間が…今日は元日の朝ですよ?色々と予定が詰まって…」
例年どおり開かれる年始の会には、多くの家臣達が挨拶にやって来る。信長様に会うのを楽しみに来てくれる皆を待たせるわけにはいかないのだ。
「時間ならたっぷりある。正月だろうと何だろうと貴様を愛でる以上に大事な予定などない」
「そんな…っ、ああっ…」
口元に悪戯っぽい笑みを浮かべた信長様の顔が近付いて、反論を遮るように唇を塞がれる。
舌先で口唇を擽られ、昨夜の余韻を呼び起こすように深くねっとりと擦り合わされる舌の感触に頭の奥がじんわりと痺れ始めた。