第107章 嫉妬は甘い蜜の味
凧は風に乗ってどんどん高く昇っていく。
遮るものが何一つない空を泳ぐ凧は、信長に操られながらもどこまでも自由だった。
限界まで糸を伸ばして泳がせた凧を見つめる信長の心もまた開放感に満ちていた。
青く澄んだ冬の空は信長の心の奥深くに溜まっていた澱のような感情までも洗い流すかのように清々しい。
いつしか信長は目を閉じていた。
すぐ傍にいるはずの妹のはしゃぐ声も弟の落ち着いた声も、目を閉じればどこか遠くの方に聞こえるような気がした。
空の高いところで凧が風にしなる音だけが頭の奥に響く。
(この手を離せば凧はどこまでも遠くへ飛んでいけるだろうか。それとも…支えるものを失って地に堕ちていくのだろうか)
高く…もっと高く…もっと遠くまで…
この小さく狭い国で身内同士のつまらぬ小競り合いを繰り返し、一体何になるのだろうか。
俺はもっと広い世界を見たいのだ…このどこまでも広がる大空の遥か彼方に広がる、まだ見ぬ世界をこの目で確かめたいのだ。
目を閉じれば、糸の離れた凧が大空を悠然と泳いでいく様が目に浮かび、信長の心はこの上なく晴れやかだった。