第107章 嫉妬は甘い蜜の味
我ながら大人げないとは思いながらも、近頃の朱里が吉法師の世話にかかりきりになっていることがどうにも気に食わなかった。
今宵も、ぐずる吉法師に乳を含ませて寝かしつける朱里を見守りながら、言い様のないモヤモヤした感情を密かに持て余していた。
母として子供らに惜しげもなく愛情を注ぐ朱里を誇らしく思いながらも、何とも言えないもどかしさを感じてしまうのもまた事実だった。
吉法師が可愛くないわけではない。
子は可愛い…何ものにも代え難いほどに。結華も吉法師も、信長にとって子供達は今や掛け替えのない存在だった。
家族という存在が自分にとってこんなにも大切なものになるなどと、朱里に出逢わなければ知ることもなかっただろう。
(だというのに、こんな感情を抱くなど…俺もどうかしているな)
朱里のことになると自分はとことん愚かになる。
誰にも渡したくない、自分だけのものだと…口に出して言わねば感情が収まらぬなど、愚かでみっともない、ただのつまらぬ男に成り下がる。
ーゴオーン…
いつの間にか年越しの瞬間が近付いていたようだ。遠くから鐘の音が風に乗って聞こえてくる。
年越しの瞬間に撞かれる除夜の鐘は全部で百八つ、人間の抱える煩悩の数だけ撞かれるのだそうだ。
百七つ目までは旧年の内に撞き、年が明けた瞬間に百八つ目の鐘を撞くのが習わしだという。
鐘を一つ撞くたびに、人の煩悩は祓われていき、除夜の鐘を聞き終わる頃には悩みのない真っ新な新しい自分になれるのだと信じられていた。
(愛しい女のことだけでも悩み深き俺は、百八つの鐘ぐらいでは到底祓えぬ煩悩だらけだな)
「……信長様?」
意地悪する手を止め、急に黙り込んでしまった俺を、床に押し倒されたままの朱里が気遣わしげに見上げる。
「除夜の鐘…」
「ん?」
鐘の音に耳を澄ませるような仕草をする朱里を信長は不思議そうに見下ろす。
「ふふ…今年はちゃんと聞けました」
「は?何を言うかと思えば…」
「だ、だって毎年、夢現のまま年が明けちゃってて…除夜の鐘だって結局聞いたのか聞いてないのかって感じでよく覚えてないんですもの…」
急にしどろもどろになって頬を染め、恥ずかしそうに顔を背ける腕の中の朱里が信長は愛おしくて堪らなかった。