第107章 嫉妬は甘い蜜の味
ジロリと吉法師を見下ろした信長様は、足元に引っ付く小さな我が子に呆れたように声をかけた。
最近の吉法師は私の傍を離れず、どこに行くのにもついて来ようとするし、少しでも私の姿が見えないと大騒ぎなのだが、信長様はそれが些か気に入らないらしい。
(そういう時期だから仕方ないんだって説明したけど、信長様にはまだイマイチ納得してもらえてないみたい)
「はは、抱っこ…」
吉法師は信長様の足を小さな身体でグイグイと押しながら私に向かって手を伸ばす。
抱っこを強請るその目がうるっとしていて…とっても可愛い。
今すぐに抱き上げてやりたい衝動に駆られるが、高価な壺を手に持ち、信長様に抱き締められているこの状況ではどうあっても叶わない。
「き、吉法師…ちょっとだけ待ってね。用事が済んだら、後でいっぱい抱っこしてあげるからね」
「やっ!やだぁ…抱っこ、今がいい!あと、イヤぁ…」
「えええっ……」
(うっ…何という我の強さ。これは一筋縄じゃいかないかも!?)
完全に抱っこの魔力に取り憑かれている息子を何と言って納得させようかと思案していると……
「そんなに言うなら俺がしてやる。ほら、来い、吉法師」
私を抱き締める腕をそっと離し、信長様は身を屈めて吉法師に向かって手を伸ばした。
が…………
「やっ!ちち、やだ!吉(きち)、ははがいいの!」
「むっ…此奴め…」
「す、すみません…信長様」
ぷぅっと頬を膨らませ、信長様から顔を背ける不満げな吉法師の姿にヒヤヒヤする。
子供は時に残酷だ。大人と違ってありのままの気持ちを隠すことなく素直に表現するから、本人に悪気はなくともその言動に大人は時にドキリとさせられることが多いものだ。
吉法師も決して父親が嫌いなわけではなく、今はただ母親に甘えたい時期なだけなのだが、どうにも態度があからさま過ぎて、見ているこちらがヒヤリとするのだった。
紅玉の瞳を眇め、吉法師を睨んでみせる信長に対して、吉法師もまた父親に似て負けず嫌いな性質(たち)なのか、信長の鋭い視線に怯むことなく、全く同じ紅玉の瞳を見開いて信長をじっと見返している。
「はぁ…仕方のない奴め」
意外にも先に折れたのは父の方だった。