第107章 嫉妬は甘い蜜の味
(あぁっ…大事な壺が…)
手から滑り落ちそうになる壺に焦燥感でいっぱいになったその時、背後からグッと身体を支える大きな腕の存在を感じた。
「あっ……」
「貴様、このような重いものを一人で持つなど…無茶をするでない」
背中から私の身体ごと壺を支えてくれたのは、偶然にも廊下を通りかかった信長様だった。
「信長様っ…」
「このようなもの、誰ぞ男手に運ばせよ。怪我でもしたら何とするのだ?」
「も、申し訳ございません。あの、助けて下さってありがとうございました。危うく大切な壺を台無しにしてしまうところでした…」
ホッとして思わず壺を持つ手にぎゅっと力が籠る。
御礼を言って見上げると、信長様の表情は予想外に険しいものだった。
「阿呆がっ!壺の心配などいらん。つまらぬことを言うものだ。こんなものより自分の身の心配を致せ」
「っ…でも、この壺、信長様の大事なものなのでは…?」
何と言っても船よりも高価なものなのだ。唐渡りの逸品ということは、割れたら最後、二度と手に入らないかもしれないのだから…
「貴様以上に大事なものなどない。何度言えば分かる?貴様は俺の唯一無二の女なのだと」
「ご、ごめんなさい…」
(まさかこんな廊下の真ん中で信長様のこんな情熱的な言葉を聞くことになるなんて!嬉しいけど恥ずかしい…)
信長様は壺ごと私を抱き締めたままで身体を離そうとはなさらない。
廊下に人通りはなかったが、慌ただしい年の瀬のこと、いつ何時侍女達が通りかかるとも知れず…信長様の愛情溢れる言葉に胸をきゅんっとときめかせながらも私は内心気が気ではなかった。
ードンッ!
「……ん?」
「ちち!吉(きち)も、ははにぎゅー、するっ!」
信長様に気を取られてすっかり忘れていたが、見れば吉法師が信長様の足に体当たりをして、小さな手でがっしりとしがみついていた。
「吉法師っ…」
「何だ、吉法師?貴様、また母の手を煩わせておるのではあるまいな?」