第107章 嫉妬は甘い蜜の味
師走
今年も早いもので一年最後の月になり、いよいよ年の瀬も間近に迫っていた。
収穫祭が無事に終わると、吉法師の一歳の生まれ日祝いやら、秋から冬に向けての支度など目紛しく催し事が重なって私の周りも忙しくなり、あっという間に今年も終わりに近付いていた。
今日は大晦日。
新年を迎える準備のため、私は朝から奥御殿で侍女達と共に忙しく立ち働いていた。
「奥方様、これはどちらに置きましょうか?」
「あっ、それはこっちにお願いします。それでこれをあっちに…」
掃除や新年の飾り付けは昨日までにあらかた済ませていたが、それでも城主の妻、奥の差配を預かる者としての細々とした用事は残っていて、なかなかゆっくりと座っている時間は取れないのだった。
「はは、抱っこ!」
ウロウロと動き回る私の後を小さな足でてちてちとついて回っていた吉法師だが、一向に構ってもらえないことに痺れを切らしたのか不満げに頬を膨らませ、私の着物の裾をグイグイと引っ張りながら抱っこをせがんでくる。
「っ、吉法師?ちょ、ちょっと待って…今は無理っ…」
華やかな正月用の花を生けた大きな壺を両手で抱えていた私は、いきなり裾を引っ張られて行く手を阻まれ、焦った声を上げた。
「やっ!抱っこ、抱っこ!やぁっ!」
「わわっ…お、押さないで…ちょっ、危なっ…」
ドンっと足元に小さな身体を思い切りぶつけられ、生けられた花で前が見えなくなっていた私は不覚にもよろめいてしまった。
壺を持つ手元がゆらりと揺れて、中の水がチャプンと揺らめく音が不穏に響いた。
(うわっ、まずい…落としそう…)
この壺、確か高いやつ…信長様が明の国から買い入れた一点ものの貴重な唐物の壺だって聞いたような気がする。
秀吉さんが自慢げに言っていたような…確か南蛮船が一隻買えるぐらいの価値があるって…
水に濡れた床に散乱する粉々に割れた壺の破片と無惨にもぐちゃぐちゃになった花々が頭を過ぎり、一瞬で血の気が引いた。
(うわぁ、ダメダメっ!絶対ダメ…)
「はは!」
「うわぁ!吉法師っ、引っ張っちゃダメぇ…」
勢いよく押された後、またグイッと裾を引っ張られてしまい、完全に身体の均衡を崩した私はその場でタタラを踏んでしまったのだった。