第106章 収穫祭の長き夜
信長が言うとあながち冗談でもなさそうなので困ってしまう。
(信長様相手に悪戯を仕掛けるような強者(つわもの)はいないだろうけど、信長様って案外そういうの真剣に楽しんじゃう人だからなぁ。子供達に悪戯されても、多分怒らなさそう)
何事にも一切の妥協を許さない性質(たち)の信長ならば、たとえ子供の遊びであっても真摯に向き合うのだろうと思う。
「……菓子ばかりで悪戯なしとは…つまらんな」
お菓子を貰って嬉しそうに去って行く子を見ながら、信長が憮然と呟く。
「ふふ…いいじゃないですか、子供達が楽しそうならそれで。ほら、結華もあんなに沢山お菓子を貰って嬉しそうですよ」
ハロウィンの催しには城下の菓子屋や甘味処も参加してくれており、それぞれの店で子供達に配る菓子を用意してくれていた。
結華もまた城下の子供達に混じって『とりっくおあとりーと』の声掛けをしながらお店を回ってはお菓子を貰っている。
黒猫の猫耳をぴょこぴょこ揺らしながら両手いっぱいに貰ったお菓子を抱えている愛娘を微笑ましい思いで見遣る。
「あっ、あぅ…あ〜」
「ん?吉法師、どうしたの?」
腕に抱いていた吉法師がむずがっているので見ると、結華の持っている菓子に手を伸ばしていた。
「吉法師、お菓子が食べたいの?母上、吉法師に何かあげてもいいですか?」
「う〜ん、そうだね。柔らかいものを少しずつなら大丈夫だよ」
「じゃあ、このお饅頭は?」
結華は手に持っていた薄皮饅頭を吉法師の鼻先に差し出した。
蒸したての饅頭からは、ふわりといい匂いがした。
「いいよ。喉に詰まらせないように小さく千切ってからね…って、ちょっ…吉法師っ!?」
言い終わる前に、目の前に差し出された饅頭に吉法師がぱくりと齧りついたのだ。それもまあまあ大きな一口で、である。
「わぁ!待って待って!吉法師っ、飲み込んじゃダメだよ!もぐもぐして、もぐもぐ、だよ!」
噛まずに飲み込んで喉に詰まりでもしたら一大事だ。
焦って吉法師の顔を覗き込み、目の前で呼びかけながらもぐもぐと口を動かす真似をしてみせる。
が、当の本人は母の呼びかけをほぼほぼ無視して二、三度口を動かしただけでゴクンッと喉を震わせて…飲み込んだようだった。
「うわぁっ…吉法師っ!?」
「んまぁ…まぅ…」