第106章 収穫祭の長き夜
そこまで言って言葉を切った信長は、結華の頭の上にちょこんと乗った黒猫の耳にチラリと目をやった。
「ちょうど結華の衣装の中にあったこの猫耳が目に入ってな。これならば子供達でも手軽に仮装が楽しめるだろうと思い、異国のものを参考にしながら城の針子達に作らせたのだ。どうだ、なかなか上手くできているだろう?」
「針子さん達が全部作ってくれたのですか?凄い!上手にできてますね。可愛い猫さんがいっぱい!」
なるほど確かに、いきなりハロウィンだ仮装だと言われても民達には異国の文化は想像し難かっただろう。
信長様の粋な計らいで民達にも負担なく収穫祭を楽しめているのならよかったと思う。
仮装は西洋のものでも日ノ本のものでも良いということで、通りには子供達の猫さんの他にも物の怪や天狗、鬼などがウロウロしていた。中にはヒョットコのお面を被った者などもいて、何でもありの雑多な雰囲気がなかなかに面白くもあった。
その中でもやはり信長様の魔王の仮装は一際目立っていて、方々から声を掛けられたり、女性達からはうっとりと熱の籠った視線を向けられたりしていた。
(やっぱり信長様は人目を惹くなぁ…こんなにカッコいいんだもん、当然だよね…)
自分の夫が町の人々の注目の的であるのは嬉しい反面、何となくそわそわとして落ち着かない気分になる。
さすがに面と向かって言い寄ってくるような大胆な女人はいないものの、女性達の物言いたげな熱い視線はひしひしと感じて何とも居た堪れなかった。
「とりっくおあとりーと!」
信長様を取り巻く視線に気を取られていると、いきなり元気な声で呼びかけられた。
気が付けば結華と同じ年ぐらいの子供が数人、私達の周りに集まっていて楽しそうに顔を綻ばせていた。
「信長様、奥方様、とりっくおあとりーと、だよ!」
「あっ、そっか…はい!悪戯はイヤだから、お菓子をどうぞ!」
用意していた辻占煎餅を渡すと、子供達はわぁっと歓声を上げた。
「ありがとう!」
「……俺は悪戯でも構わんぞ?できるものなら、やってみるがいい」
「ちょっ…信長様!?もぅ、子供達を脅してどうするんですか!」
不敵な笑みを浮かべて魔王さながらの威圧感たっぷりで子供達を脅やかす信長を慌てて制止する。
「ふっ…冗談だ」
(貴方がその顔と声で言うと、冗談になりませんからっ!)