第106章 収穫祭の長き夜
ぴったりと身体を寄せ合う父母の姿に目敏く気付いた結華が、自分も大好きな父とくっ付きたいと言いたげに不満そうな声を上げる。
その隣で吉法師までも同じように自己主張するのが、何とも言えず可愛らしかった。
「結華も父上にぎゅってしたい!父上〜」
「ちち!」
「ふふ…二人とも父上が大好きね」
いつもは母にべったりの吉法師まで姉の真似をしたいのか、今日は珍しく父である信長に甘えている。
信長もまた、幼い子らに甘えられるのは満更でもないようで、表情を柔らかくして二人に微笑んでみせる。
家臣達の前では見せることのない柔らかな笑みは、子らへの慈愛に満ちていた。
信長は身を屈めると、包み込むように二人一緒にぎゅっと抱き締めた。
「信長様…」
我が子を慈しむ優しさに溢れた信長の姿に、朱里はキュッと胸が締め付けられる思いがした。
父と子の愛情溢れる抱擁に胸の内が温かくなる一方で、信長が吉法師に対して厳し過ぎる、冷たいのではないかと一瞬でも思ってしまったことを思い出し、心が苦しかった。
(信長様は結華も吉法師も分け隔てなく愛して下さっているのにそんな風に思うなんて、どうかしていたわ)
信長の愛情を一時でも疑ってしまった自分が恥ずかしい。
「……如何した、朱里?」
眉根を寄せて黙ってしまった朱里の顔を信長は気遣わしげに覗き込む。
異国の衣装を身に纏い、浮き立つ気持ちを抑えられないとばかりに先程までは華やいだ声を上げていたのに、急に翳りのある表情を見せる朱里の変化に気付かない信長ではなかった。
子供達を愛情たっぷりに抱き締めながらも、愛しい妻にすぐに気遣いの言葉をかける。
「い、いえ…何でもありません。ちょっとぼんやりしてしまっただけです。二人とも父上にぎゅってしてもらえてよかったわね」
ぎこちなくはあったが表情を緩めて、信長の腕の中に包まれて嬉しそうに顔を綻ばせている結華とキャッキャッと楽しそうに歓声を上げている吉法師に呼びかける。
「母上も!父上、母上も一緒にぎゅーだよ!」
「え…?」
幼子の無邪気な言葉に虚を突かれて目を丸くする朱里を信長はすかさず引き寄せ、子供達ともども腕の中にすっぽりと包み込んだ。
「の、信長様っ…」
「貴様に憂い顔は似合わん。何ぞ思うところがあるようだが…こうして張り切って準備したのだ。今日は皆で愉しく過ごすぞ」
「は、はい…」