第106章 収穫祭の長き夜
ースパンッ!
信長の仮装に想像を巡らせていると、前触れもなく勢いよく襖が開いた。
「父上っ!」
「ちち…」
勢いよく開いた襖の前に立っていたのは信長様で、大好きな父の登場に結華は嬉しそうに声を上げた。
吉法師の手を引いて立ち上がると、二人してすぐに信長様に駆け寄っていく。
よちよちと覚束ない足取りで姉について行く吉法師の姿が微笑ましく、信長もまた自分の方へ駆けてくる我が子に向けてふわりと表情を緩めた。
「信長様っ…っ…その格好…」
私はといえば、見慣れぬ信長様の格好に目が釘付けになっていた。
西洋式の上下別の衣装は光沢のある黒色の生地でできていて、襟元や袖口に金糸銀糸で飾り刺繍が施されている。
ボタンと呼ばれる留め具にも繊細な金細工が施されたものが使われていた。
細身のズボンはスラリと長い足をより強調し、信長の引き締まった体躯をより一層引き立てているようだった。
更には、黒を基調にした衣装の上に羽織った一際目立つ深紅の外套が目を引いた。
ビロードという艶やかな生地でできた丈の長い外套は上品な深い紅色が高級感を漂わせていて、見るからに豪華だった。
いつも黒っぽい着物に純白の羽織を纏った姿を見慣れているせいか、深紅の外套を身に纏う信長の姿が新鮮で、その麗しさに目が離せなかった。
(これって…やっぱり『魔王』の仮装?っ…想像以上の破壊力…)
「父上、異国の絵本に出てくる王様みたい!」
「ちち、おー?」
結華は見慣れぬ格好をした父の周りをくるくると回りながら興奮したように声を上げ、吉法師もまた興味津々で信長の外套の裾に手を伸ばしている。
信長の方も子供達の愛らしい仮装姿に目を細めていた。
「三人とも支度は済んだようだな」
「信長様…」
あまりにも素敵過ぎる姿に動揺してしまい、何と声を掛けていいか分からなくなった私は、只々信長様をうっとりと見つめるばかりだった。
「ほぅ…なかなかに愛らしい魔女だな。貴様はやはり異国の衣装もよく似合う」
「あっ…んっ…」
さり気なく腰に回された手が身体を引き寄せると、耳元で低く囁かれる。
吐息が耳の奥へと注がれて、ゾクリと背が甘く震えた。
「んっ…信長様も素敵です。本当に王様みたい」
「ふっ…王は王でも魔界の王だがな」
そう言うと、ニヤリと不敵に笑ってみせる。