第106章 収穫祭の長き夜
仮装の衣装を見せるため、信長様がせっかく呼んでくれたというのに、肝心の衣装には手を伸ばすこともできなくて……
予期せず信長様と言い争いのようになってしまったことに戸惑いを隠せない。
(何でこんなことになっちゃったんだろう…)
信長様が吉法師に対して不機嫌になられる理由が分からない。
世間では恐ろしい魔王だなどと噂されているが、意外にも信長様は子供には寛容な方なのだ。
直接優しい言葉をかけたり甘やかしたりするわけではないが、子供達のことは自分の子も領民達の子も分け隔てなく大事にされる方であった。
『子は国の宝だ。幼き子らが何不自由なく思うままに生きられる世を作るのが国を統べる者の務めだ。子が健全に育たぬ国は栄えん。国が栄えねば異国と対等に渡り合うこともできぬ』
常日頃、信長様が言われていることだ。
(やはり信長様の仰るとおり、私は吉法師を甘やかし過ぎなのかしら…嫡男だから、男子だから…もっと厳しく毅然とした態度で接しないといけないの?)
世継ぎとして然るべき養育をせねばならないことは承知しているが、赤子の時ぐらいは存分に甘やかしてやりたいと思うことは許されないことなのだろうか……
信長様の冷ややかな視線が心苦しく胸がきゅーっと締め付けられる心地になりながらも、母を求めて手を伸ばす我が子を抱き締めずにはいられなかった。
「………それでは見れぬな。衣装の確認は夜に致せ。まぁ、その調子では夜もどうなるか分からんが…」
「……すみません」
最近の吉法師は夜の寝付きも悪く、寝かしつけにも手間取ることが多かった。
苦労して寝かしつけても、すぐに目覚めてしまい、いわゆる夜泣きに悩まされていた。
そうなると必然的に大人の時間も削られていくことになり……
(そういえばここ最近は収穫祭の準備や吉法師のお世話に追われて、信長様ともゆっくり過ごせてなかったな。夜の方も…)
昼間はお互いに忙しくてすれ違い、夜はようやく二人きりになれてそういう雰囲気になっても吉法師の夜泣きに中断を余儀なくさせられてしまい…思うように触れ合えないでいた。
(私自身は忙しくて寂しさを感じることも忘れていたけど、信長様は寂しいと思って下さっているのかしら…触れたいと…深くまで触れ合いたいと…そう思って下さっているかしら…)