第106章 収穫祭の長き夜
「吉法師、泣かないで…いい子にして少し待っていようね?母様、傍にいるから」
「やっ!やぁーっ!」
嫌がる吉法師を床に降ろして隣に座らせたが、すぐさま腕にぎゅっとしがみつかれてしまい、衣装を見るどころではない。
(困ったな…これじゃ動けない!)
「…………」
(うっ…信長様の視線が痛い。怒ってる…?呆れてる…?無言なのが余計に怖いんですけど!)
「……の、信長様?」
「此奴はいつもこうなのか?」
冷ややかな視線と口調で、私にしがみつく吉法師を見下ろしながら言う。
「いつも、というわけでは…今はそういう時期なのだと…病の後は誰しも不安定になるものですし」
吉法師は先日初めて風邪を引き体調を崩していた。
長く患ったわけではなかったが、私はその間、付きっきりで看病し、存分に甘えさせた。
それが原因なのかは分からないが、風邪が治った後から吉法師の後追いが以前にも増して一層酷くなったのもまた事実だった。
(大変だと思うこともあるけど、いつまでも続くわけではないだろうし、多少は甘くてもいいかなと思ってたんだけど…というか信長様、吉法師には厳しくない?結華の時は甘々だったのに…やっぱり嫡男には厳しくしていかないといけないのかしら。でも吉法師はまだ一歳にもなってないのに…)
「言いたいことがあるなら言え」
何となくモヤモヤした気持ちが顔に出てしまっていたのだろうか、信長様が不機嫌そうに言う。
「いえ…でも…吉法師はまだ赤子です。少しぐらい甘やかしてもいいと思うのですが…」
「少しぐらい、とは言うが貴様、吉法師に振り回されて自分の時間がほとんど取れぬのではないのか?」
「それは…そうですが…赤子とはそういうもので…」
「ほぅ…母親とは随分と物分かりが良いものだな」
「なっ…そんな言い方しなくても…」
(何なの?信長様ったら、どうしてこんなに突っ掛かってこられるんだろう??そんなに怒ること?何でそんなに機嫌が悪いの?もぅ!分かんないよ…)
どこで歯車が食い違ってしまったのか、吉法師を間に挟んで次第に険悪な雰囲気になっていく。
何がそんなに信長様の機嫌を悪くさせているのか分からず困惑しながらも、気不味くなった空気をどうすることもできなかった。