第106章 収穫祭の長き夜
「あのぅ…信長様、何かご用事があったのでは?」
何となく気不味い雰囲気を払拭すべく、本来の目的であった呼び出しの理由を問う。
「あぁ…そうだったな。見せたいものがあったのだ。ちょうど今、堺から届いたばかりでな。貴様と共に見たいと思ったゆえ、まだ開けてはおらんのだ」
そう言うと、信長は持っていた鉄扇をパチリと打ち鳴らし、傍らに置いてあった大きな箱を鉄扇の先で指し示した。
真新しい大きな桐の箱に目が釘付けになっていると、信長様は私の前までその箱を持って来てくれる。
そうして私を見つめながら悪戯っぽく口の端を上げて笑むと、傀儡師のような優雅な手つきで箱の蓋を持ち上げたのだ。
「っ…わぁ…これ…」
蓋を開けてまず目に飛び込んできたのは、黒い艶々とした上品な布地の上に置かれた、同じ布地で作られたと思しき真っ黒い先の尖った帽子のようなものだった。
ひと目見て異国のものと思われるそれは、ピンっと尖った先と丸く広いつばが印象的だった。
箱の中にはそれ以外にも様々なものが入っているようだ。
「信長様、これは…」
「収穫祭で着る仮装の衣装だ。これらは俺と貴様と子らのものだ。どのような衣装なのかは俺も聞いていないが」
「広げて見てもいいですか?」
異国の衣装と聞いて居ても立っても居られず、早く見てみたくて箱の中を覗き込んだ私へ信長様は鷹揚に頷いてみせる。
「構わん。そのために呼んだのだから。寄越せ、抱いていてやる」
吉法師を抱いたまま箱の中に手を伸ばそうとする私に、信長様は手を差し伸べてくれる。
「ありがとうございます」
さり気ない気遣いが嬉しくてお礼を言って吉法師を信長様の腕に預けようとするが……
「やっ!やぁ…ちち、やっ!」
「むっ……」
「き、吉法師…」
よもや吉法師が信長様を嫌がるとは思っていなかった私は、身を捩って拒否を示す吉法師に焦ってしまう。
四六時中私の傍を離れないとは言っても、朝晩は父である信長様とも普通に触れ合っていたし、全くの他人のように嫌がることはないと思っていたのだが…
「おい、我が儘を言うな。母の邪魔をするでない」
「やっ!やぁ!わぁ〜ん…」
「くっ…此奴め…」
「信長様っ、怒らないで下さい…」
グッと顔を顰める信長の表情から怒りの色を感じ取った朱里は、大声で泣き出した吉法師を慌てて宥める。